俺は俯いたまま泣く青山の肩を掴んだ。ぼろぼろと涙が零れていく。

「凛花が見たのは、自分が飛び込む事故なんかじゃない」

 もし凛花が予知夢の的中率を把握していたとしていたら、自分が事故に遭う夢を見たとしても、その背景から道を予測し、通らないようにすることはできたはずだ。

「凛花は他人を助けるために自分の身を削るような奴だ。強がってるだけで、弱くて脆いんだよ。それは俺が一番知ってる」
「じゃあ何を見たって言うのよ? 凛花は実際に事故に遭って、記憶を失くしたじゃない!」
「……考えられるとしたら二択だ」

 予知夢から避ける方法考えればいくらでも実行できたはずなのに、どうして彼女は事故に遭ってしまったのか。ただ予知夢に振り回され、もう見たくない、死にたいと願ったのなら話は別だ。

「夢を見ない方法として、死ぬことを選んだ。これが一つ」
「そんなっ!」
「ただ、俺としてはこれは違うと思ってる。……根拠は、ないけど」

 今の青山を混乱させるべきではないから言わないけど、しいていえば、仲介人の存在だろう。凛花は仲介人と記憶を引き換えに何かの取引をしている。自らの死を選ぶなら、取引をする必要はない。

「じゃあ……もう一つは?」

 ――『あの日、ここで事故に遭うのは彼女じゃなかった』

 ふと、仲介人の声が耳元で聞こえた気がした。
 信用できないと思っていた仲介人の話も、青山の話を聞いて合わせてみれば、信憑性が高く思えてしまう。仲介人は確かに「彼女は誰かの身代わりになった」のだと言っていた。

「あと一つは――」

 あの憎たらしい日の光景を思い出す。
 五月にしては、コンクリートが照り返すほどのぎらついた日差し。誰もいない横断歩道。赤に切り替わった信号機。ブレーキ音が辺り一帯に鳴り響き、宙を飛んだバニラアイス。車道に横たわった、ピクリとも動かない彼女の身体。

 事故に遭う直前、彼女と一緒にいたのは誰?

 大切な人の身代わりとなった彼女は、どんな顔をしていた?

 彼女は、誰のためにリスクを犯そうとした?

『小太郎が隣にいてくれて、私は幸せだった』

 あの日、事故に遭うはずだったのは――。

「……俺のせいだ」

 自分で導いた答えに、こんなにも苛立ちを覚えたことはない。
 数学みたいに正解が一つしかないものならば、どれほどよかったことだろう。ただ、どんな解き方をしても必ず答えが同じならば、きっと彼女の選択がいくら呆気ないものだったとしても、何度考え、解いても同じになる。
 未だ困惑する青山に、おそらく正解であろう選択肢を告げる。

「凛花が見た予知夢は、俺が事故に遭う瞬間だったんだよ」