滴る汗を拭いながら歩く君は、買ったばかりのアイスを美味しそうに頬張った。端から溶けて伝っていくアイスを、指に辿り着く前に舐めとる姿は、幼い頃から見てきたなかでも新鮮で、心臓をぎゅうっと掴まれた気がした。

 新発売の文言にそそのかされて買った私のアイスは、想像していた通りの味で二口でギブアップ。

 ああ、やっぱりいつものにすればよかった。落胆しながら君を見る。真っ白なアイスをじいっと見つめていると、視線に気づいて「口直しする?」と聞いてきた。

 私は短く返事をして、まだ食べていないところを一口もらう。懐かしくてホッとする安心安定の定番の味は、私の頬を緩ませ、落胆した気分を優しく包んでくれた。

「そういえば、どうしてバニラに変わったの? 昔はラムネが好きだったじゃん」

 不思議そうに君が聞いてくると、私は考えるフリをしながら自分のアイスの端をかじった。

 幼なじみの特権は、その相手と幼い頃から一緒にいたことで共通する思い出があることだと思う。

 楽しかったことも、悲しかったことも、ある程度は同じものだったりする。思い出すと同じタイミングで笑ってしまうような、ホッとする存在。そんな相手は、幼なじみの他にきっと結婚して生涯を終えるまで誓いあった者同士くらいだろう。

 だからお互いに大切な人ができるまで、隣にいるものだと思っていた。

「あのね、私――」

 途端、強い衝撃が身体に走った。

 自分の身に何が起きたのかわからなかった。ただ、君が珍しく焦った顔で私を後ろへ突き飛ばしたことにただただ困惑した。

 食べかけのアイスが宙を舞って、ぼとりと地面に落ちる。熱を帯びたコンクリートがゆっくり、ゆっくり溶かされて真っ白なアイスに、ひどく鮮やかな赤が混ざった。

「……なんで」

 辺りが騒がしくなる中、私はその場に座り込んだ。横たわって動かない君を呆然と見つめる。

 通りすがりの人が駆け寄っていくのに、私だけが動けない。近くに行きたい。君の傍に行きたいのに、身体が動かない。声が出ない。喉を締め付けても出てきた嗚咽には誰も気付かない。

 もう二度と君の隣にいられないかもしれない。――そう思ったら、頭の中は後悔で一杯だった。

 引きこもりがちだった君と出掛けたかった。最後の高校生活を一緒に楽しみたかった。次々と溢れてくる後悔に耐え切れなくなって、私は上手く呼吸が出来なくなった。私だけじゃ抱えきれない。

 ……ううん。私は最初からわかっていたはずだ。

 生きることは有限で、幼なじみの名目でも今の曖昧な関係はいつか終わってしまう。ずっと秘めていたこの思いを伝えておけばよかったと、隣にいなくなってようやく気付く。

「だから、これから私がすることを許してね」

 君は後悔しないで。
 私が消えても泣かないで。
 過去に縋ろうとしないで。

 アイスがゆっくりと溶けていくように、私のことも忘れて幸せになってほしい。
 
 でもね。もし、もしもだよ。

 君の記憶のどこか片隅に、ほんの少しでも『私』を覚えていてくれたなら。
 
 ……なんて、未練がましいのが私の悪い癖だね。


「ずっと好きだった。伝えられなくてごめん」