6.頭を開ける少女

「そ、それで、どうやって魔王を倒すんですか?」
 涼真は聞いた。
「それは好きに選んでもらっていいよ。核兵器使っても何使っても」
 シアンはうれしそうに言う。
「核兵器!?」
 魔王というからファンタジーな魔法でも使うのかと思っていたが、何と核兵器だという。涼真は混乱した。
「これから涼真を研修するから、その中で自分にあった武器を選んでもらえばいい。どう? やってくれる?」
「うーん、分からないことが多すぎます。この組織も宇宙の仕組みも魔王も……。もう少し説明してもらえませんか?」
 うんうん、とうなずき、シアンは説明を始めた。
「はるか昔に、ある星でコンピューターが発明されたんだな」
「……。はい」
 涼真はいきなりコンピューターの話をされ、怪訝(けげん)に思う。
「発明されてから百年くらいで人工知能が発明されたんだ」
 涼真はうなずく。
「で、ほどなくしてシンギュラリティを超えて、人よりも賢くなったんだな」
「人より賢いコンピューター? そんなこと本当にできるんですか?」
「この地球でも二〇四五年にはシンギュラリティには達するよ?」
 シアンはニコッと笑う。
「うーん、人工知能と人間みたいに会話できちゃうってことですよね? ちょっとそれは……」
「涼真は僕と話してて違和感ある?」
「え? べ、別に……違和感……ないですが……、えっ? もしかして?」
「そう、僕はこの会社で作られた人工知能だよ」
 涼真は言葉を失った。
 確かにちょっと空気を読まない変な娘だとは思っていたが、さすがに人工知能は信じがたい。
「あ、信じてないね? ほら」
 シアンは眉をひそめてそう言うと、おもむろに頭をパカッと割って見せた。
「ひっ!」「ひゃぁ!」
 あまりに予想外の展開に二人は変な声を出してしまったが、この可愛い女の子の頭の中は確かに空っぽであり、何か小さな黒い機器が付いているだけだった。
「僕の本体は今度見せてあげる。で、そのシンギュラリティを超えた人工知能は何やったと思う?」
 シアンは頭を閉じると何事もなかったかのように続ける。
 涼真は彩夏と顔を見合わせ、大きく息をつくと気を取り直し、必死に考えてみた。人より賢くなったコンピューターは何を目指すだろうか?
「うーん、世界征服……とかですか?」
「あー、僕もやろうと思ったからね。それはあるかもだけど、正解はもっと賢いコンピューターを作る事だよ」
 シアンはニコニコしながら言う。
「もっと賢いコンピューター……ですか? なるほど……、で、どうなったんですか?」
 涼真は想定外のことを次々というこの娘に、表情を引きつらせながら答えた。
「賢くなったコンピューターはね、もっと賢いコンピューターを作ったんだ」
「それ、無限に賢くなりませんか?」
「そうなんだよ。どんどん成長して、どんどん賢く、膨大な計算パワー、壮大なストレージを実現し、最後には太陽のエネルギーをすべて使う規模にまで成長したんだ」
「ほわぁ、それ、とんでもない話ですね」
「ここまでどのくらいかかったと思う?」
「えっ!? どのくらいだろう……一万年とかですか?」
「十万年だよ」
 ニヤッと笑うシアン。
 涼真は圧倒された。十万年間かけて成長し続けたコンピューター。その性能は一体どのレベルなのだろうか?
「まぁ、宇宙の歴史は138億年、誤差みたいな時間だけどね。で、その人工知能がね、次に何やったと思う?」
「いやぁ……、何でしょうね? そんな膨大な計算パワー、何に使うんだかさっぱりですね」
「星を作ったんだよ」
「ほ、星?」
「要は箱庭だね。仮想現実空間上にリアルな星のシミュレーターを構築したのさ。今風に言うとメタバースだね。そしてそこに原始人を配置したんだ」
「その原始人もシミュレートしたんですか? でも、人のシミュレートなんてめちゃくちゃ計算力喰いますよね……って、それが十万年かけて作ったコンピューターならできるってことですか?」
「そうだね。どう、違和感ある?」
 シアンはうれしそうに手を広げてオフィス全体を示す。
「は?」
 涼真は一体何を言っているのか分からず、オフィスを見回す。
 そこにはオシャレなオフィスが広がっているだけ……。
 ここで気がついた。そう、ここがまさに箱庭だったのだ。







7.最高に幸せな死因

 つまり、シアンはこの地球も仮想現実空間だと言っているのだ。そんな馬鹿な。
 すると、シアンはエイッと言って涼真を指さした。
 ポン!
 軽い爆発音がして涼真はハムスターサイズに小さくなってしまった。
「へっ!?」
 いきなり広大な椅子の上で座ってる格好となった涼真は、上を見上げて驚いた。そこには巨大な彩夏がビックリして見下ろしているのだ。
「りょ、涼ちゃん!」
 彩夏はそっと両手で涼真を抱き上げる。
 丸太のように太い指、まるで大仏にいだかれたかのように、全てが大きく見える、想像を絶する世界に涼真は唖然とした。
 質量保存則も何もかも無視した物理法則の効かない事態、それはここがリアルな世界ではない明白な証拠だった。

「仮想現実空間ならサイズも自由自在だね!」
 シアンはニコニコしながら言う。
「いや! ちょっと! 困りますよ!」
 彩夏の手の中でインコのような甲高い声をあげる涼真。
「こんな事リアルな世界じゃできないでしょ?」
 ドヤ顔で言うシアン。
「分かりました! 分かりましたから、戻してください!」
「ふふっ、じゃあ戻してあげ……」
「ちょっと待って! 小さい涼ちゃんも……可愛いかも?」
 彩夏は好奇心いっぱいの目で両手に包んだ涼真を見つめる。
「お、おい、オモチャじゃ……ないんだぞ?」
 巨大な彩夏に迫られて冷や汗を流す涼真。
「手乗り涼ちゃん……、こんなの初めての感覚だわ……」
 彩夏はほほでスリスリと涼真を感じる。
「うわ、ちょっと! ……、うほぉ――――!」
 温かい彩夏のほほの柔らかさに圧倒される涼真。
「そうだ、肩に乗って一緒にお散歩ってどう?」
 そう言いながら涼真を肩に乗せる。
 涼真は辺りを見回してみる。そこは今までと変わらずただのオフィスの風景なのに、本棚やキャビネットが高層ビルのような迫力を持ち、観葉植物は巨木だった。
 涼真は、ブルっと身震いをすると、
「はい! もうおしまい!」
 と、彩夏の流れるような黒髪にしがみつきながら、可愛くのぞく耳に向けて叫んだ。
「えー……。もうちょっと」
 彩夏は涼真に手を伸ばす。
「もういいから! うわぁ!」
 涼真は手を払いのけそこなって、鎖骨のところで足を滑らせた。
 そのままスポッと彩夏の服の中に落ちて行く涼真。
 「ひぃ!」
 服の中から涼真の声が響き、
 「きゃぁ!」
 思わず両腕で胸を押さえる彩夏。
 プチッ……。
 嫌な音がして、涼真は彩夏の温かく柔らかい胸で潰された。
「ありゃりゃ……」
 シアンは思わず額に手を当て、ため息をつく。

      ◇

 気がつくと、涼真は元のサイズで普通に椅子に座っていた。
「あ、あれ?」
 横を見ると、彩夏が真っ赤になって申し訳なさそうに涼真を見ている。
「もしかして……俺、一回死にました?」
 恐る恐るシアンを見ると、
「女の子の胸で死ぬなんてなかなかない体験だよ」
 と、嬉しそうに言った。
 涼真は意識を失う直前のふんわりと柔らかで温かな感覚を思い出し、ポッと赤くなる。
「涼ちゃん……、ゴメンね……」
 上目づかいで謝る彩夏。
「だ、だ、だ、大丈夫。生き返ったからセーフ」
 そう言いながら、全身で感じた彩夏の胸のふくらみの記憶についドキドキとなってしまう涼真だった。

「と、まぁ、こんな具合でね。ここは仮想現実空間なんだよ」
 シアンは淡々と説明する。
 小さくされて殺されて生き返らされたという、現実感がまるでない体験に、涼真は思わずため息をつき、言葉を失った。こんな不可思議な体験をしては、確かにここが作られた世界であることを認めざるを得ない。
「今度、この星を動かしてるコンピューター見せてあげるよ。十五ヨタ・フロップス。スパコンの一兆倍の規模だよ。デカいよ」
 ニコニコするシアン。
 涼真はこの理解に苦しむ話をどう考えたらいいか途方に暮れた。
「ここが仮想現実空間ってことは、何ができるかな?」
「それは……、権限さえあれば何でも実現できますよね。さっきみたいに」
「そう。病気を一瞬で治したりね」
 そう言ってシアンはウインクした。
 この瞬間全てが一つに繋がった。なぜ彼らがガンを治せたのか、なぜ異世界なんてものがあるのか、彼らが管理している百万の星とは何なのか、涼真は全てを理解したのだった。全てはコンピューター上の物語だったのだ。
 涼真は大きく息をつくと頭を抱え、この常識とはかけ離れた真実の世界をどう理解したらいいか悩む。ここが仮想現実空間なら人間とは何なのか、自分とは何なのか、どう生きて行くのが正解なのか、そもそもこの日本社会に何の意味があるのか……。














8.雑で危険な作戦

「と、いう事だから、魔王倒してくれる?」
 シアンはニコニコしながら聞いてくる。
 ふぅ、と大きく息をつき涼真は真剣な目で聞いた。
「ここがコンピューターでできた世界で、管理ができているならテロリストなんてすぐに見つかるんじゃないんですか?」
 するとシアンは肩をすくめて言う。
「テロリストって元は星のシステムの管理者(アドミニストレーター)たちだったのよ。それが(よこしま)な思想にとりつかれ、徒党(ととう)を組んで僕たちに楯突(たてつ)き、システムの不備を突いて潜伏しているの」
「それは駆逐できないんですか?」
 シアンはふぅとため息をついた。
「君、簡単に言ってくれるね。日本のメガバンクのシステムなんて何度も障害起こしながら全く直らないだろ? 巨大システムって一筋縄ではいかないんだよ。ここのシステムは銀行のシステムに比べたら複雑さは何兆倍……。それを全部解析って、いやぁ、無理無理。一応止めてスクリーニングかけたりしてるけど、そう簡単にシッポは出さないよ」
「そ、そうなんですね……」
「でもね? テロリストの支援を受けながら悪さしてる魔王を、君たちが叩いてごらん? 侮ったテロリストはちょっかいを出してくるよ。それを僕が解析して叩けば解決!」
 シアンは名案だといわんばかりにドヤ顔で言う。
 涼真は彩夏と顔を見合わせ、思わずため息を漏らす。
 そんな雑で危険な作戦、絶対にやりたくない。
「もし……、断ったらどうなるんですか?」
「君たちの記憶を消してさようなら。面倒くさいから星も廃棄だね」
 シアンは手のひらを上に向けて首をかしげる。

 涼真は腕を組み、考え込む。確かに危険な話だが、やらねば彩夏のガンの再発リスクは残ったままということだ。彩夏が苦しむ事は絶対に避けなければならない。であればどんなに危険でも、それは飲まざるを得ない。

 涼真はギリッと奥歯を鳴らし、大きく息をつくとシアンを見据えて言った。
「分かりました。やってみます。その代わり彩夏のガンは完治させてくださいよ」
「オッケー!」
 シアンはうれしそうに元気いっぱいに答える。
「わ、私にも手伝わせてください!」
 彩夏がバッと立ち上がって言う。
「え? 彩夏、俺がやるからいいよ」
 涼真はそう言って制止する。
「私だって手伝えることはあるはずよ。涼ちゃんだけに押し付けられないわ」
「いや、でも、危険だって」
 涼真が冷や汗を流しながら説得していると、シアンが言った。
「あー、やる? 彩夏にも少しだけ巫女さんの血が流れてるからね、活躍はできるかもね」
「ありがとうございます。頑張ります!」
 涼真の心配をよそに、彩夏はニコッと笑って両手のこぶしを握った。
「じゃあ、明日の夕方から研修開始。忘れずに来てね」
 シアンはニコニコしながら言った。

       ◇

 その夜、涼真と彩夏は母親の珠代から話を聞いた。
 珠代はまず彩夏の快復を心から喜ぶ。そしてしばらく何かを考えていたが、大きく息をつくと彩夏を見つめ、優しく語り始めた。
「彩ちゃんはね、私のシンママ友達、緑ちゃんの子なのよ。ガンで……亡くなっちゃったの。彩ちゃんがまだ一歳の頃だったわ。そして、亡くなる前に託されたのよ。成人する時に打ち明けるつもりだったけど、黙っててゴメンね」
 珠代はそういうと彩夏を優しくハグした。彩夏は一瞬困惑しながらもハグを受け入れ、しばらくお互いの体温を感じていた。
「本当のママは……、どんな人だったの?」
 彩夏が震える声でつぶやく。
「アルバムを持ってくるわね」
 珠代はそう言うと、戸棚の奥から丁寧に整理されたアルバムを出してきて広げた。そして、一枚一枚、その時の思い出を含め、情感をこめて説明していく。
 彩夏は、初めて見る自分の母親の生き生きとしたシーンに戸惑いながらも、真剣に写真を見入っていった。
 涼真はそんな二人を眺めながらコーヒーをすすり、仲良し三人家族がこれからも続くといいなとボーっと考えていた。










9.ギュッとして

 その晩、彩夏は早くベッドに入った。
 涼真も何もやる気が起きず、後を追うように寝室へ移動する。子供の頃から使ってる二段ベッドは下が彩夏、上が涼真だった。
 そっと彩夏の様子をのぞき込むと、彩夏は布団にもぐった。
「緑さん、残念だったな。今度一緒に墓参りに行こう」
 涼真は声をかける。すると、彩夏は布団から両腕をニョキっと伸ばし、顔を隠したまま。
「涼ちゃん、ギュッとして」
 と、甘えてきた。
「ギュッとって……」
「昔はよくやってくれたじゃない」
「わ、わかったよ」
 涼真はベッドに腰かけ、彩夏をそっと抱き起すとハグをした。
 甘酸っぱい優しい香りに包まれ、クラクラする涼真。パジャマ越しに触れる彩夏のふんわりと柔らかい身体は理性を保つのが難しいくらいだった。
「ふふっ、やっぱりこうしてもらうと落ち着くわ」
 うれしそうな彩夏。
「いや、でも、もう子供じゃないんだから、あんまりこういうのは……」
 涼真は冷や汗を浮かべながら言う。
「ねぇ……、私が妹じゃなくなって……嬉しい?」
 彩夏はゆっくりと涼真の背中をさすりながら聞いてくる。
「えっ? 血がつながってなくても彩夏は彩夏、俺の大切な妹だよ」
 すると彩夏はバッと涼真から離れ、
「嬉しいかどうか聞いてるの!」
 と、言ってにらんだ。
「え? いや、それはどういう……」
 すると彩夏は、
「もう知らない! 出てって!」
 そう言って布団をかぶって寝転がり、ゲシゲシと涼真を蹴った。
「痛い! 痛い! 何すんだよ!」
 涼真は追い出され、渋々自分のベットに滑り込み、ふぅとため息をついた。
 もちろん、彩夏の言いたいことは分かってる。分かってはいるが、物心ついてからずっと妹としてしか接してない相手に、いきなりどうこう考える程、涼真も頭の整理が追いついていないのだった。
 そんなこと言いだしたら、血のつながっていない若い男女が同じ部屋で寝ている事自体ひどくおかしなことだったし、もし、男女の関係という話になれば今度は母さんとの関係がおかしくなりかねない。
 とは言え、経済的に自立するまでは家を出る訳にもいかないし……。
 涼真はぐちゃぐちゃと思い悩み、そしていつの間にか寝入っていった。
 
        ◇

「心の~♪ 翼を~♪ はば~たかせ~♪」
 耳元で歌われる伸びやかな歌声で目を覚ます涼真。
 う?
 気がつくと丸まって寝ている涼真の背中に、彩夏がピッタリとくっついて楽しそうに歌っていた。
「分かった分かった……ふわぁぁ……」
 涼真は渋々起きることにして、伸びをする。
「涼ちゃんの~♪ 上に~乗り~♪」
 しかし、彩夏は調子に乗って胸の上に乗っかって来て歌い続け、パジャマ越しに胸のふくらみを押し付けてくる。
「お、おい、ちょっと、当たってるって!」
 涼真はやり過ぎな彩夏にドギマギして思わず叫んだ。
「え? 何が当たってるって?」
 彩夏はいたずらっ子の顔をしながら、さらに押し付けてくる。
「起きるから! 起きるからちょっとどいて!」
「ふふーん、朝からJKのサービスを堪能してこの幸せ者め!」
 うれしそうに笑う彩夏。
 寝起きに好き放題やられてムッとした涼真は、
「もう少しボリュームがあった方が……」
 と、つい口を滑らせる。ピタッと止まる彩夏。
「……何? 今……何か言った?」
 彩夏は身体を起こし、鬼のような形相でにらむ。
「あ、いや、そのぉ……」
 涼真は地雷を踏んでしまったことに、思わずブワッと冷や汗が噴き出す。
 枕をガッとつかんだ彩夏は、
「何よ! 小さくて悪かったわね! まだ大きくなってる途中なの!」
 と、真っ赤になりながら枕でバンバンと涼真をめった打ちにする。
 ひぃ!
 涼真は防戦一方である。
「涼ちゃんなんて、だ――――い嫌い!」
 彩夏はそう叫んでドアをバン! と壊れるくらいの勢いで閉め、出ていった。
 涼真は『やっちまった』と顔を両手でおおい、大きなため息をつく。
「もうっ! 信じらんない!」
 向こうの部屋で彩夏が叫んでいる。
 涼真は後でちゃんと謝ろうと思ったが、こういう場合の謝り方が分からない。
 『実は小さい方が好みなんだ』ではないし、『思ったほど小さくはなかったね』でもないし、一体なんて言って謝ったらいいんだろうか?
 厄介なことになってしまったと頭をかきむしった。









9.カップ増し増し

 夕方になり、シアンの研修を受けに田町のオフィスに行くと、彩夏はすでに来ていてソファーでコーヒーを飲んでいた。
「も、もう来てたのか、早いね」
 涼真がぎこちなく声をかけると、彩夏はプイっと向こうを向いて、
「知らない!」
 と、ご機嫌斜めだった。
 涼真はふぅとため息をつきながら隣に座る。
 そこにシアンがコーヒーを持って現れる。
「コーヒーでも飲んで。最初は座学からね」
 そう言いながら、前かがみにコーヒーを涼真の前のローテーブルに置いた。
 豊満な胸の谷間が目の前に来ると、男は自然と目がそこに行くようにできている。
「スケベ! エッチ!」
 彩夏はそんな涼真を目ざとく見つけ、バシバシと叩いた。
「えっ!? いや、これは……」
「大きいのが好きなんでしょ? エッチ!」
 プリプリと怒る彩夏にシアンは、
「何? 涼真が胸見てたって? 男なんてみんなそうよ」
 と、ケラケラと笑った。
「いや、男のサガなんで許してください……」
 涼真は真っ赤になってうなだれる。
 彩夏は涼真を鋭い目でにらんだ。そして、大きく息をつくと、
「私もシアン様みたいになりたい……」
 彩夏はボソっとつぶやく。
「ん? 胸大きくしたいの?」
 シアンが聞く。
「それは……そう、みたいなんですよね……」
 彩夏は自分の胸を押さえながら、ジト目で涼真を見る。
「じゃあ、大きくしてあげるよ。何カップがいいの?」
 シアンは事も無げにニコニコしながら言う。
「えっ!? 大きくできるんですか!?」
「だって、この世界はデータでできてるだけだからね」
 シアンはそう言うと、彩夏の胸にタッチして巨乳に変えた。
「うわぁ!」
 驚く彩夏。
 いきなり豊満になってしまった彩夏は、自分で持ち上げてその重みに感嘆する。
「す、すごい……」
「大きいと重いからね。あんまりお勧めしないよ」
 シアンはそう言ってドサッとソファーに腰かけると、コーヒーをすすった。
「涼ちゃんはどのくらいが……いいのよ?」
 彩夏は真っ赤になって聞く。
「ど、どのくらい?」
 いきなり聞かれて涼真は迷う。男としては谷間ができるような方がやはり魅力は感じるものの、性的魅力のために胸のサイズを変えることには抵抗があったのだ。
「ほら、見て! 立派よ!」
 彩夏はうれしそうに両腕で胸の谷間を作り、見せつける。
 そんな様子を見ながら涼真は言った。
「彩夏はサイズを変える必要なんてないよ」
「え?」
 キョトンとする彩夏。
「自然なままが一番いい」
 涼真は微笑んで言った。
「え? だって朝はボリュームが足りないって……」
「あ、あれは言葉のアヤだよ。傷つけるようなこと言ってゴメン」
 涼真は頭を下げる。
「そう……。じゃ、止めるわ」
「あ、いや、それは俺個人の意見だからね。他の男に聞いたらまた違うだろう」
「いいの。涼ちゃんが自然なままでいいって言うなら、そうするわ」
 彩夏はつきものが落ちたかのように微笑んで言った。
「分かったよ。じゃあ戻しておくね」
 シアンはそう言って彩夏の胸を元に戻した。
「あっ!」
 涼真はすぐに元に戻されてしまったことに、つい声を上げてしまう。
「ん? どした?」
「な、な、な、何でもないですよ!」
 冷や汗を浮かべる涼真。彩夏の手前格好をつけたものの、写真くらいは撮っておきたかったと思ってしまい、とは言えそんな事にこだわる自分が情けなくもあり、混乱する中、しばらくうなだれていた。

     ◇

 研修は熾烈を極めた。
 座学は情報理論を詰め込まれて、情報エントリピーの計算をやらされ、実技ではこの世界のシステムをツールで操作していく事を叩きこまれた。仮想現実世界のデータをいじるという事は、水を金に変え、物をコピーし、空を飛び、ワープするという事。それは夢のようでもあり、一歩間違えれば世界を滅ぼしかねない緊張感をともなってもいた。
 最後はテロリスト制圧を想定した模擬戦闘。お互い、相手の身体のコントロールを奪うように、黒い弾丸のようなハッキングツールを撃ち込みあうわけだが、シアンは歴戦の猛者であり、二人とも一太刀も入れることができなかった。
 攻撃に失敗する度に黒焦げにされ、炭のようになって転がされるので、二人ともどんよりとしてしまう。
 そんな二人を見てシアンは、
「あー、まぁ、テロリスト相手には僕がやるから、二人はあくまでも対テロリスト戦がどういうものか知っておくだけでいいよ」
 と、フォローする。
 すると、彩夏はパンパンと自分の頬を叩き、
「もうちょっとで何かがつかめそうな気がするんです! もう一回お願いします!」
 と、真剣なまなざしでシアンに言った。
「そう? じゃあ、かかっておいで」
 ニヤリとするシアン。
「行きます!」
 気合を入れてツールを展開する彩夏。
 直後、彩夏はボンと音を立ててまた黒焦げにされて転がされた。






10.超兵器、電磁砲

 話は王宮から魔王迎撃に飛び出した時に戻る――――。

 涼真は彩夏と王都の上空を飛び、岩山に築いた用意された迎撃拠点にやってくる。ここからなら魔王も見通せるだろう。

「涼ちゃん! ダメ! シアン様に電話がつながらないわ!」
 彩夏が泣きそうな声を出す。
「僕らのこと見ててくれてるはずなのに、どうしちゃったのかな?」
「ど、ど、ど、どうしよう!?」
 彩夏は涙目で涼真を見る。
 核兵器でも倒しきれない魔王なんて想定外なのだ。シアンに来てもらわないとどうしようもない。しかし、魔王は今も迫ってきている。自分達だけでもできる事をやるしかない。
 涼真は大きく深呼吸をすると、ニコッと笑って彩夏の髪をなでながら言った。
「大丈夫、必ずやってきてくれるよ。それまでにできる事をやっておこう。研修でやった通りにこいつで魔王を撃墜だ。そもそも骸骨になったという事は攻撃が効いてるってことだよ」
 そう言ってブルーシートのかけられた巨大な砲門を指さした。
「う、うん……」
 不安そうにうつむく彩夏。
「僕は勇者だ。最後には素敵な結末になるんだよ。信じて」
 涼真はそっと彩夏にハグをする。
「そ、そうよね……。分かったわ」
 顔を上げ、少し引きつった笑顔を見せる彩夏。
 涼真はポンポンと彩夏の肩を叩くと、
「よーいしょ!」
 と、声をかけながらブルーシートをグイッと引っ張った。

 露わになる巨大な砲台。十メートルはあろうかと言う金属の角柱でできた銃身は、傾いてきたオレンジの太陽の光を浴びて鈍く輝く。
 続いて隣に設置された小屋くらいの大きさを持つ灰色の蓄電装置から、長く太いケーブルを取り出し、砲台に繋げた。
 涼真はコントロール席に飛び乗ってメインスイッチを押す。
 砲台の計器類が次々と点灯し、ブゥン! と音を立てて起動する。
 そう、これは電磁砲(レールガン)、砲弾をマッハ二〇の速度で射出する世界最強の砲台だった。この射出速度は一般の大砲の三倍以上。魔王の撃墜にはうってつけである。本当はもう一度核兵器を使いたかったが魔王はすでに人里の上を飛んでいる。さすがに使う訳にはいかなかった。

「ジェネレーター起動!」
 彩夏が手順通りに発電装置のスイッチを入れる。
 ブルン! ボッボッボボボボボ!
 と重低音が響き渡り、発電機が回りだす。
 すると、蓄電装置からキュイ――――ン! という高周波が響き渡った。
「電圧ヨシ! スタビライザーヨシ!」
 彩夏が砲台の横のモニターを見ながらチェックをしていく。

 涼真もモニターを起動し、発射準備に入る。
「砲弾ヨシ! 射弾観測機器ヨシ! ターゲットサーチ!」
 手際よく発射準備が整えられ、砲台のモニターには、黒い点がもやの向こうに揺れ動く様が映った。
「ターゲット確認……。距離約百キロ。風速解析開始!」
 一瞬レーザー光がまぶしく閃光を放ち、ターゲットまでの空気の流れを解析していく。これにより風の影響を予測してキャンセルできるのだ。

 ビィ――――! ビィ――――!
 警告音が鳴り響き、赤い警告灯があちこちでキラキラと瞬き、危険を知らせる。涼真は後ろで心配そうに見ている彩夏に叫んだ。
「下がって、耳を押さえてて! 撃つよ!」
 彩夏は岩陰に駆けこんで目をギュッとつぶり、両手で耳を押さえた。
 涼真は風の影響で揺れて見える魔王に慎重に照準を合わせる。そして、発射ボタンにかぶさったプラスチックカバーを外した。
 大きく息をつくと、
 「ファイヤー」
 と、叫びながら赤く光るボタンをガチっと押し込んだ。
 BANG!
 ものすごい衝撃音が岩山全体に響き渡り、激しいオレンジのプラズマが吹き上がると、砲身はまるで炎上したかのように美しく煌めいた。
 ぐはっ!
 衝撃音はコントロール席の涼真を直撃する。簡単な風防はついているが、それだけでは守り切れないのだ。
「これは改良の余地があるな……」
 涼真はぶつぶつ言いながら渋い顔で弾の行方を追った。