盗賊さんを退治したその日の夕方。
 シャルロッタが領主を務めているこのニアノ村ではちょっとした宴会が開催された。

 村の中央にある広場に村人達が集められていた。
 そんな人達の前、広場に設置されているお立ち台の上に……どういうわけだか、僕は立たされていた。

 ……うわ、は、恥ずかしいな、これ

 僕は肩をすぼめて大きな体を極力小さくするように努力しながら前屈みになっていた。
 そんな僕の横にはシャルロッタが立っている。
「皆の者、喜んでほしい! ニアノ村を襲っておった山賊達が、このクマ殿のおかげで全員捕縛されたのじゃ!」
 満面の笑顔で村人達にそう告げるシャルロッタ。
 途端に、村人達が大歓声をあげていく!

「ありがとう! クマ様!」
「これで安心して夜も寝られる!」
「クマ様ばんざーい!」

 そんな声が広場のあちこちからあがっていく。
 広場に集まっている人達は、総勢で200人ってところだろうか。
 こじんまりとした村だし、これが全ての村人なのかもしれないな。
 ただ、この世界に来て間もない僕には、この人数が多いのか少ないのか判断がつかないけど、とにもかくにも皆さんに喜んで頂けたことがこの上なく嬉しかった。

 思い起こせば、日本にいた頃の僕ときたら……
 体が大きくて、どんくさいもんだから親からも疎まれていた。
「ほんと、無駄飯食いだよねぇ、この子は」
 実の親からもそんな事を言われ、高校時代には自分の食費をバイトで稼がされていた。
 少しでも多く食べたいから、家の裏にあった山を勝手に開墾して畑を作ったりもしたんだよな……

「さぁ、クマ殿、こっちへ来てほしいのじゃ」
 そんな事を考えている僕を、シャルロッタが広場の中央に準備されていたテーブルへと誘ってくれた。
 僕が席に座ると、シャルロッタの反対側から別の女の子が駆け寄ってきた。
「さぁさぁクマ様、今夜はこのピリの料理を心ゆくまで味わってもらいますからね」
 ピリと名乗ったその女の子なんだけど……よく見たら、山賊から僕が結果的に助けた格好になった女の子だった。
 その女の子~ピリが、満面の笑顔で料理を運んで来てくれた。

「ピリはの、この村唯一の食堂を営んでいるからの、料理の腕はかなりのものなのじゃ。我が家の料理も、食堂の合間に頼んでおるのじゃ」
「あぁ、それじゃあシャルロッタが呼びに行った時に留守にしていたのって……」「そう、アタシの事。今日もね、料理に使う野草なんかを採取しに、近くの森の中へ行ってたんだけどさ、そしたらいきなりあの山賊達に追いかけられちゃって、ホント色んな意味で危なかったんだ」

 ピリの話を聞いた僕は、思わず目が点になってしまった。

 ……ま、まさかとは思うんだけど……あ、あの山賊達ってば、逃げた僕を追いかけてここまでっやってきていたとか……そ、そんな事は……ははは

「どうしたのじゃクマ殿? 気のせいか笑顔が引きつっておるようじゃが?」
「あ、あぁ、いえいえいえいえ、そそそそんなことはないです、はい」

 シャルロッタの言葉に、思わず飛び上がりそうになってしまった僕は、慌てて愛想笑いを浮かべてその場をごまかした。

「そうなのか? ならよいのじゃが」
「えぇ、はい。そ、それにしても、ピリも、わざわざ森に食材を取りに行かなくても、お店で買えばいいんじゃないのかな?」
 
 僕がそう言うと、ピリは思いっきり笑い声をあげていった。

「あはははは、まったくもう、クマ様ってば冗談きついってば」
「え? じょ、冗談って……」
「クマ殿が以前暮らしていたところは、よほど大きな街じゃったのじゃな。この村には野菜を売っている店などないのじゃ。この街道での、毎朝、市を開いておる。そこで、村人達が山で取ってきた山野草や、家の畑で取れた野菜などを売買しておるのじゃ」
「そ、そうなんだ……」

 シャルロッタの言葉に、僕は思わず唾を飲み込んだ。

 僕が元いた世界では……
 お腹が空いたらコンビニに行けばいい。
 ファミレスという選択肢だってある。
 24時間いつでも複数の選択肢が目の前にあったあの生活が、この村には存在していないんだ。
 そう考えると……日本でのあの生活は本当に恵まれていたんだなぁ、と、つくづく思ってしまう。

「さぁさぁ、とにかくクマ様、いい加減アタシの料理を味わってよね! 今日は特に腕によりをかけたんだからさ!」
 
 三つ編みにしている髪の毛を揺らしながら、僕の背中を叩くピリ。
 そんなピリが準備してくれた料理なんだけど、そのほとんどが野菜料理だった。
 それこそ、そこらに生えているような青物野菜を炒めたり、ソースをかけたりしているだけって感じだ。
 肉もあるにはあるんだけど、そのほとんどが干し肉だった。
 その肉が、野菜の炒め物の中に気持ち程度混じっている……そんな感じだ。

 ピリには本当に申し訳ないんだけど……肉が大好きな僕からすると、ちょっとがっかりな食事が並んでいるわけで……
 僕は、乾いた笑いを浮かべながらその食事を口に運んでいった……んだけど、
「……うん?」
 一口食べて、思わず目が丸くなってしまった。

 あれ、うまい?……なんだこれ……野菜を炒めだだけの料理なのに、すごく美味しい。

 僕は、その皿に盛り付けられている野菜炒めを一気に平らげていった。
 うん、美味しい。
 やっぱりすごく美味しいぞ、これ。

「あはは、気に入ってもらえたかな? アタシの料理?」
 ピリが笑顔で尋ねてきた。
「うん、すごく美味しいです。これ、すごくいい!」
 僕は、そう言いながらその皿をあっという間に空っぽにしてしまった。

 肉の量こそ少ないものの、その肉は噛めば噛むほどその味がしみ出してくる。
 それが野菜の味付けに使用されているソースと抜群にあうんだ。
 最初、肉が少ないことに不満を感じていた僕だけど、この一皿を食べきったころには、そんな不満なんかどこかに吹き飛んでしまっていた。

「お代わりもあるからさ、遠慮しないでよね」
「うん、じゃあ早速……」
 そう言いかけた僕は、ここであることに気が付いた。

 料理がすべて僕の前に集まっていたんだ。
 同じテーブルに着席している他の人々の前にはほとんど料理は並んでいない。 
 それはこの村の長であるシャルロッタも同様だった。
 彼女の前には気持ち程度の野菜が盛り付けられている小皿が1つ置かれているだけだ。

 ジョッキサイズの酒樽を手にしてはいるんだけど、よく見るとその中は空っぽだった。
 村人達にはお酒は振る舞われているようだけど、みんなどこかセーブしながら飲んでいる、そんな感じが伝わってくる。
 それでいて、村人達は
「クマ様さぁさぁ」
「しっかりお飲みください」
 そう言いながら僕にお酒を注ぎに来てくれているんだ。

 最初はなんとも思わずに、ただ歓待されていればいいや的に思っていた僕なんだけど、そのことに気付いてしまうと逆に居心地が悪くなってしまったというか、なんというか……

 そっか……異世界だからって、みんながみんな裕福なわけじゃないんだ。
 それは、僕が元いた世界でも同じ事なんだけど、こうして実感してしまうと、うまくいえない感情がわき上がってきて、なんだか悶々としてしまう……