僕が考え事をしていると、
「どうしたのじゃ? 何かあったのかの?」
いきなり、シャルロッタが部屋の中に入ってきた。
ノックもしないで入ってくるあたり、やはり素でお姫様気質なんだろうな。
こういったところはゲームアプリに登場していたシャルロッタとよく似ている。
……でも、まてよ……
姫騎士大戦を僕は数年間やりこんではいるものの、あのゲームの中で公式に公開されていたシャルロッタのデータはというと……まず小柄なロリで巨乳、語尾がのじゃ言葉で、ツンデレってことぐらいしかない。
イベントの際にはお子様ビキニ姿になったり、体操服姿でドジっ子発動してたりと、いろんな姿を見せてくれてはいたものの……公式に公開されていたシャルロッタのデータって、実はほとんどないんだよな。
「ん?……クマ殿?」
まぁ、これはしょうが無いというか……多くのゲームアプリのキャラクター達がそんなもんだしね。
「クマ殿?」
それに、そういった情報が少ないからこそ二次創作が盛んになるわけだし。
そういった愛ある二次創作のおかげで、思わぬキャラに愛着がわいたりして、そんでもってそのキャラを入手するためにまた課金ガチャを回して……はは、なんかこうして思い返してみると、あの頃の僕ってば、ホント何してたんだろうな……
「ちょっとクマ殿!」
考え事をしていた僕の目の前に、いきなりシャルロッタの顔が出現したもんだから、僕は思わず目を丸くした。
「え、あ、は、はい」
「あぁ、やっと返事をしてくれたのじゃ」
どうやら、僕が考え事をしている間に、シャルロッタが何度も話しかけていたらしい。
今、僕の目の前にいるシャルロッタは生身の人間なわけだし、とにかくきちんと相手をしないといけないな。
僕が、女の子とお話出来るなんて、ちょっと夢のようなんだけど……と、とにかく、一生懸命に頑張らないと……
僕はそう思い直しながら視線をシャルロッタへと向けていった。
「すいません、ちょっと考え事をしていました」
「ふむ……クマ殿も大変な目に合われた後じゃしな。まぁ仕方なかろう」
シャルロッタの中で、僕は山賊に襲われて身ぐるみ剥がれたってことで納得されているみたいなんだけど、そのおかげで細かい説明を求められないので助かっているし、この件に関してはこのまま押し通そうと思っている。
「さ、食事じゃ。口にあえばよいのじゃが……」
そう言うと、シャルロッタは手に持っていたトレーを、机の上に置いた。
僕は、その中を覗き込んで……そして、目が点になった。
……なんだ、これは?
黒焦げの……消し炭みたいなの……ひょっとしてこれ、パン?
こっちの黄色いのは……卵焼き? 生焼けでドロドロだ。
で、こっちの皿にのっかっているのは……どうやら肉を焼いたものらしいけど、こっちも生焼けだ。
肉のかたまりがやたらでかいんだけど、そのせいで中が生焼けなのは一目瞭然だ。
とはいえ、好意的に思考を巡らせれば、体格のいい僕のために肉の量を多めにしてくれた、と、考えられなくもない。
……しかし、こんな食事を客人に出すなんて……シャルロッタの邸宅の料理人ってどんな人なんだろう
僕は、そんなことを考えながらシャルロッタへ視線を向け……そこであることに気が付いた。
シャルロッタの手に無数の絆創膏のような物が張られていたのである。
手のあちこちに火傷らしき後まで見受けられる。
僕の視線が、その両手に注がれているのに気付いたシャルロッタは、慌てて両手を背後に隠していった。
「そ、その……なんじゃ。りょ、料理はどうにも苦手での……そ、その……無理して食べなくてもよいのじゃっぞ」
シャルロッタは笑ってごまかそうとしているようなのだが……その顔が耳まで赤く染まっているのは隠しようがなかったわけで……
……ちょっと待って欲しい
つまりあれですか?
「……この料理はすべてシャルロッタが手作りしてくれたのかい?」
「そ、そうじゃ……その、いつも料理を作ってくれている者がおるのじゃが……この時間は家に帰っておるし……それに、お主には世話になったし……その……こ、これくらいもっと簡単にできると思っておったのじゃが……」
後半、しどろもどろになりながらうつむいていくシャルロッタ。
その顔はどんどん赤くなっていて、あっという間にゆでだこのようになっている。
うん、わかった……すべて理解した。
僕は、肉の塊を素手で掴むと、それにかぶりついていった。
中は見事に生だ……冷蔵庫か何かで冷やしていたのか、若干冷たく感じもする。
パンはパンで炭の味しかしない。
卵にいたってはフォークで刺せないので、口をつけてすするしかない。
だが、それがどうした?
シャルロッタが作ってくれたんだぞ?
あの、シャルロッタが、僕のために作ってくれたんだぞ?
こんな料理を作ってしまう彼女が、日頃から料理をしているとは思えないし、いつも料理をしている人が今日は帰ってしまっているというのは本当の事だろう。
でも、そんな事は関係ない。
僕にしてみれば、シャルロッタが僕のために頑張ってくれた、って、もうそれだけでありがとうございます! 本当にありがとうございます!の世界に他ならない。
「あ、あの……クマ殿? そ、そんなに無理して食べなくてもじゃな……」
「いえ、大変美味しいです!」
心配そうな表情を浮かべているシャルロッタに、僕は改心の笑顔を向けていった。
思い返して見れば、他人が……それも女の子が僕のために料理を作ってくれたのなんていつ以来だろう。
しかもその相手がシャルロッタだなんて。
今の僕は、ただそのことが嬉しくて、満面の笑顔を浮かべながら料理を口に運び続けていた。
◇◇
「ごちそうさまでした」
僕は空になった皿の前で両手を合わせた。
「お、お粗末様なのじゃ」
シャルロッタは、そんな僕を嬉しそうな表情で見つめながら、お皿を片付けていた。
さっきの話だと、シャルロッタはこの村の領主ってことだったはずだ。
そんな領主のシャルロッタが自分で料理を作ってくれた……これが恋愛ゲームとかだと、好意の裏返しというか、そういう美味しいイベントってことになるのかもしれないけど、少なくとも今の僕の立場は、
『領主を(貞操の)危機から救った恩人』
そういうポジションになるはずだ。
そもそも、たかが1回命を救ったからってそれだけで惚れた腫れたなんてなるはずがない。
これが超絶イケメン騎士様なら話は別かもしれないけど、今の僕の容姿はもとの世界にいた時のままみたいだし……あぁ、ぼよんぼよんのお腹がなんともはや……
そんな事を考えながら、僕は改めてシャルロッタへ視線を向けた。
先ほどまでの騎士の鎧姿から、私服らしいパンツルックに着替えている。
その服は、つぎはぎこそないものの、随分くたびれているのがわかる。
シャルロッタ自身、化粧もあまりしていないようだし、装飾の類いも身につけていない。
まぁ、応対するのが僕ごときだから着飾っていないだけなのかもしれないけど……ひょっとしたら着飾るだけの余裕がないのかもしれない。
見たところ、この村はかなりこじんまりとしている。
いくら領主を務めているとはいえ、こんな小さな村の領主の収入なんてたかが知れているんじゃないだろうか。
村人から搾り取っていれば話は別だけど、さっき出会った門の騎士達の対応からして、シャルロッタがそんなことをしているようには見えない。
そんな悪徳領主に従っている騎士達があんな礼儀正しい態度をとれるとは思えないからね。
……何より……ゲームアプリのヒロインキャラであるシャルロッタと瓜二つの彼女がそんなことをするとは思えないし……まぁ、ここに関しては過分に贔屓目補正がかかっているのは否定出来ないけど……
まぁそんな感じで、シャルロッタの家は貧乏で、専属の料理人なんかも雇っていないというか雇えない状態なのかもしれない。
「シャルロッタさん、少しお聞きしてもよろしいですか?」
「うむ、なんじゃ? 可能な限りお答えさせてもらうぞ」
「先ほど、森でお会いした時の騎士達ですが……あの者達は何者だったのですか?」
「あやつらは、村で雇った騎士達じゃ。この近隣を荒らしておる山賊共を退治するために雇ったのじゃが……人の気配が無くなったところでいきなり妾に襲いかかってきおったのじゃ……まったく、前金が無駄になってしまったのじゃ」
僕の質問に答えたシャルロッタは、忌々しそうに言葉を続けている。
「村人達や門のところにいた騎士達を連れていけばよかったのではないですか?」
「それは無理じゃ。村の者に戦闘が出来る者などおらぬ。妾のおつきのあの騎士達にしても、あやつらを引き連れて行ってしまうと、この村を守る者がいなくなってしまうでの……」
その後もあれこれ質問をしてみたんだけど……やはり僕の予想は当たっていたみたいだ。
シャルロッタの家には使用人と呼べる人は3人しかいないそうだ。
3人とも騎士で、全員交代で村の警備にあたっているらしい。
シャルロッタは、自分の身の回りのことはすべて自分でしているらしく、この邸宅の掃除も彼女が自分でしているとのことだった。
ただ……どうにも料理だけは苦手らしく、これに関しては近所に住んでいる同年代の女の子のお世話になっているとのことだった。
ちなみに、僕に料理を出す際にも、仕事を終えて帰宅していたこの女の子にお願いしに行ったらしいのだけど、あいにく出かけていて不在だったらしい。
シャルロッタは、料理の話題になる度に
「とんでもないものを出してしまって……」
と、恐縮しきりだったんだけど、僕的にはご褒美以外の何物でもありませんでした……とは、口には出しませんでしたけどね。そんな事を口に出したら、絶対にドン引きされちゃいますから。
山賊達を討伐するために雇ったあの騎士達にしても、こんな小さな村に仕事を求めてやってくる冒険者なんているはずがないため、シャルロッタが自分で片道2日かかる山向こうの町まで出向いて雇ってきたんだそうだ。
もっとも、準備出来たお金が少なかったせいで、あのような騎士崩れの冒険者しか雇えなかったんだとか……
「金さえあれば、もう少し素性のしっかりした冒険者を雇ったのじゃが……やれやれ、改めて何か手を考えねばならぬのじゃ……」
シャルロッタはそう言いながらうなだれていた。
……ここで、ラノベのヒーローなら
「ここは僕にお任せください!」
とか言うところなんだろうけど……僕にそんな度胸はない。
剣なんてもちろん扱ったことなんてないし、武道だってやったことがない。
シャルロッタを助けることが出来たのだって、油断していた相手を偶然突き飛ばせたに過ぎないわけだし……
……ただ
シャルロッタを襲おうとした騎士の1人を吹っ飛ばしたり
剣で切られたはずなのに無傷だったり
すごい勢いで走れたり
と……ちょっと何かおかしい気がしないでもないんだけど……
そんな事を考えている僕に、シャルロッタはにっこり微笑んだ。
「クマ殿は、妾の恩人じゃからな。できる限りのお礼はさせてもらうから、何かあったら遠慮無く言ってほしいのじゃ」
シャルロッタは、そう言って僕の部屋を後にしていった。
うん、すごくいい笑顔だ。
僕は、そんなシャルロッタに向かってニヘラァっとだらしない笑顔を浮かべながら手を振っていた。
我ながら情けないとは思うものの、女の子に優しく声をかけてもらえたことなんて、今までの人生を振り返ってみてもほとんど記憶にないうえに、その相手が恋い焦がれていたゲームアプリのヒロインキャラと瓜二つなんだから……喜ぶなっていう方が土台無理な話だ。
……しかし
僕は、改めて窓辺へ歩み寄ると、外へ視線を向けていった。
どこをどう見ても、僕が暮らしていた日本とは似ても似つかない光景が広がっている。
ここが、僕が暮らしていた世界とは別の世界なのは、まず間違いないだろう。
「ここが異世界だとして……これから僕はどうしたらいいんだろう……」
窓の外を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
まだ自分の置かれている状況とか、さっぱりわからないことだらけだけど……もし仮に、僕がこの世界に転移してきていたとして、この世界でこれからも生きて行かなければならないのであれば……どうせなら自分の好きなキャラによく似た女性と行動を共にしたいと思う……シャルロッタのためなら、僕は頑張れる気がしないでもない……あくまでも、そんな気がするってレベルでしかないのが、我ながら情けないんだけど……
……ん?
なんだろう……何か聞こえた気がする。
いや、確かに眼下の街道を行き交っている人達の声はよく聞こえている。
そうじゃなくて……なんだ、今のは……なんだか悲鳴のような声が……
『誰か助けてー』
「うん!?」
間違いない。
今度ははっきり聞こえた。
出所は……森の中、か?
木の柵の向こう……木々が鬱蒼と茂っているあたり……そう、あの当たりから悲鳴が聞こえてきた気がする……
僕は、窓から実を乗り出した。
必死に耳を凝らしていく。
どこだ……本当にあそこなのか……
耳に全神経を集中させながら、上半身を窓の外へと出していく。
その行為に没頭していった僕の体は、どんどん窓の外へと出ていって、
ズルッ
窓枠を握っていた手が滑ってしまった!?
その途端に、僕の体は窓の外へと転がり落ちていった。
幸い、やや長めの屋根があったのでその上を転がっている僕は、いきなり地面に落下するという香港アクション映画のような事態に陥ることは避けることが出来ていた。
とはいえ、僕が屋根の上をゴロゴロ転がり落ちているのは紛れもない事実なわけで……
「どうしたのじゃ? 何かあったのかの?」
いきなり、シャルロッタが部屋の中に入ってきた。
ノックもしないで入ってくるあたり、やはり素でお姫様気質なんだろうな。
こういったところはゲームアプリに登場していたシャルロッタとよく似ている。
……でも、まてよ……
姫騎士大戦を僕は数年間やりこんではいるものの、あのゲームの中で公式に公開されていたシャルロッタのデータはというと……まず小柄なロリで巨乳、語尾がのじゃ言葉で、ツンデレってことぐらいしかない。
イベントの際にはお子様ビキニ姿になったり、体操服姿でドジっ子発動してたりと、いろんな姿を見せてくれてはいたものの……公式に公開されていたシャルロッタのデータって、実はほとんどないんだよな。
「ん?……クマ殿?」
まぁ、これはしょうが無いというか……多くのゲームアプリのキャラクター達がそんなもんだしね。
「クマ殿?」
それに、そういった情報が少ないからこそ二次創作が盛んになるわけだし。
そういった愛ある二次創作のおかげで、思わぬキャラに愛着がわいたりして、そんでもってそのキャラを入手するためにまた課金ガチャを回して……はは、なんかこうして思い返してみると、あの頃の僕ってば、ホント何してたんだろうな……
「ちょっとクマ殿!」
考え事をしていた僕の目の前に、いきなりシャルロッタの顔が出現したもんだから、僕は思わず目を丸くした。
「え、あ、は、はい」
「あぁ、やっと返事をしてくれたのじゃ」
どうやら、僕が考え事をしている間に、シャルロッタが何度も話しかけていたらしい。
今、僕の目の前にいるシャルロッタは生身の人間なわけだし、とにかくきちんと相手をしないといけないな。
僕が、女の子とお話出来るなんて、ちょっと夢のようなんだけど……と、とにかく、一生懸命に頑張らないと……
僕はそう思い直しながら視線をシャルロッタへと向けていった。
「すいません、ちょっと考え事をしていました」
「ふむ……クマ殿も大変な目に合われた後じゃしな。まぁ仕方なかろう」
シャルロッタの中で、僕は山賊に襲われて身ぐるみ剥がれたってことで納得されているみたいなんだけど、そのおかげで細かい説明を求められないので助かっているし、この件に関してはこのまま押し通そうと思っている。
「さ、食事じゃ。口にあえばよいのじゃが……」
そう言うと、シャルロッタは手に持っていたトレーを、机の上に置いた。
僕は、その中を覗き込んで……そして、目が点になった。
……なんだ、これは?
黒焦げの……消し炭みたいなの……ひょっとしてこれ、パン?
こっちの黄色いのは……卵焼き? 生焼けでドロドロだ。
で、こっちの皿にのっかっているのは……どうやら肉を焼いたものらしいけど、こっちも生焼けだ。
肉のかたまりがやたらでかいんだけど、そのせいで中が生焼けなのは一目瞭然だ。
とはいえ、好意的に思考を巡らせれば、体格のいい僕のために肉の量を多めにしてくれた、と、考えられなくもない。
……しかし、こんな食事を客人に出すなんて……シャルロッタの邸宅の料理人ってどんな人なんだろう
僕は、そんなことを考えながらシャルロッタへ視線を向け……そこであることに気が付いた。
シャルロッタの手に無数の絆創膏のような物が張られていたのである。
手のあちこちに火傷らしき後まで見受けられる。
僕の視線が、その両手に注がれているのに気付いたシャルロッタは、慌てて両手を背後に隠していった。
「そ、その……なんじゃ。りょ、料理はどうにも苦手での……そ、その……無理して食べなくてもよいのじゃっぞ」
シャルロッタは笑ってごまかそうとしているようなのだが……その顔が耳まで赤く染まっているのは隠しようがなかったわけで……
……ちょっと待って欲しい
つまりあれですか?
「……この料理はすべてシャルロッタが手作りしてくれたのかい?」
「そ、そうじゃ……その、いつも料理を作ってくれている者がおるのじゃが……この時間は家に帰っておるし……それに、お主には世話になったし……その……こ、これくらいもっと簡単にできると思っておったのじゃが……」
後半、しどろもどろになりながらうつむいていくシャルロッタ。
その顔はどんどん赤くなっていて、あっという間にゆでだこのようになっている。
うん、わかった……すべて理解した。
僕は、肉の塊を素手で掴むと、それにかぶりついていった。
中は見事に生だ……冷蔵庫か何かで冷やしていたのか、若干冷たく感じもする。
パンはパンで炭の味しかしない。
卵にいたってはフォークで刺せないので、口をつけてすするしかない。
だが、それがどうした?
シャルロッタが作ってくれたんだぞ?
あの、シャルロッタが、僕のために作ってくれたんだぞ?
こんな料理を作ってしまう彼女が、日頃から料理をしているとは思えないし、いつも料理をしている人が今日は帰ってしまっているというのは本当の事だろう。
でも、そんな事は関係ない。
僕にしてみれば、シャルロッタが僕のために頑張ってくれた、って、もうそれだけでありがとうございます! 本当にありがとうございます!の世界に他ならない。
「あ、あの……クマ殿? そ、そんなに無理して食べなくてもじゃな……」
「いえ、大変美味しいです!」
心配そうな表情を浮かべているシャルロッタに、僕は改心の笑顔を向けていった。
思い返して見れば、他人が……それも女の子が僕のために料理を作ってくれたのなんていつ以来だろう。
しかもその相手がシャルロッタだなんて。
今の僕は、ただそのことが嬉しくて、満面の笑顔を浮かべながら料理を口に運び続けていた。
◇◇
「ごちそうさまでした」
僕は空になった皿の前で両手を合わせた。
「お、お粗末様なのじゃ」
シャルロッタは、そんな僕を嬉しそうな表情で見つめながら、お皿を片付けていた。
さっきの話だと、シャルロッタはこの村の領主ってことだったはずだ。
そんな領主のシャルロッタが自分で料理を作ってくれた……これが恋愛ゲームとかだと、好意の裏返しというか、そういう美味しいイベントってことになるのかもしれないけど、少なくとも今の僕の立場は、
『領主を(貞操の)危機から救った恩人』
そういうポジションになるはずだ。
そもそも、たかが1回命を救ったからってそれだけで惚れた腫れたなんてなるはずがない。
これが超絶イケメン騎士様なら話は別かもしれないけど、今の僕の容姿はもとの世界にいた時のままみたいだし……あぁ、ぼよんぼよんのお腹がなんともはや……
そんな事を考えながら、僕は改めてシャルロッタへ視線を向けた。
先ほどまでの騎士の鎧姿から、私服らしいパンツルックに着替えている。
その服は、つぎはぎこそないものの、随分くたびれているのがわかる。
シャルロッタ自身、化粧もあまりしていないようだし、装飾の類いも身につけていない。
まぁ、応対するのが僕ごときだから着飾っていないだけなのかもしれないけど……ひょっとしたら着飾るだけの余裕がないのかもしれない。
見たところ、この村はかなりこじんまりとしている。
いくら領主を務めているとはいえ、こんな小さな村の領主の収入なんてたかが知れているんじゃないだろうか。
村人から搾り取っていれば話は別だけど、さっき出会った門の騎士達の対応からして、シャルロッタがそんなことをしているようには見えない。
そんな悪徳領主に従っている騎士達があんな礼儀正しい態度をとれるとは思えないからね。
……何より……ゲームアプリのヒロインキャラであるシャルロッタと瓜二つの彼女がそんなことをするとは思えないし……まぁ、ここに関しては過分に贔屓目補正がかかっているのは否定出来ないけど……
まぁそんな感じで、シャルロッタの家は貧乏で、専属の料理人なんかも雇っていないというか雇えない状態なのかもしれない。
「シャルロッタさん、少しお聞きしてもよろしいですか?」
「うむ、なんじゃ? 可能な限りお答えさせてもらうぞ」
「先ほど、森でお会いした時の騎士達ですが……あの者達は何者だったのですか?」
「あやつらは、村で雇った騎士達じゃ。この近隣を荒らしておる山賊共を退治するために雇ったのじゃが……人の気配が無くなったところでいきなり妾に襲いかかってきおったのじゃ……まったく、前金が無駄になってしまったのじゃ」
僕の質問に答えたシャルロッタは、忌々しそうに言葉を続けている。
「村人達や門のところにいた騎士達を連れていけばよかったのではないですか?」
「それは無理じゃ。村の者に戦闘が出来る者などおらぬ。妾のおつきのあの騎士達にしても、あやつらを引き連れて行ってしまうと、この村を守る者がいなくなってしまうでの……」
その後もあれこれ質問をしてみたんだけど……やはり僕の予想は当たっていたみたいだ。
シャルロッタの家には使用人と呼べる人は3人しかいないそうだ。
3人とも騎士で、全員交代で村の警備にあたっているらしい。
シャルロッタは、自分の身の回りのことはすべて自分でしているらしく、この邸宅の掃除も彼女が自分でしているとのことだった。
ただ……どうにも料理だけは苦手らしく、これに関しては近所に住んでいる同年代の女の子のお世話になっているとのことだった。
ちなみに、僕に料理を出す際にも、仕事を終えて帰宅していたこの女の子にお願いしに行ったらしいのだけど、あいにく出かけていて不在だったらしい。
シャルロッタは、料理の話題になる度に
「とんでもないものを出してしまって……」
と、恐縮しきりだったんだけど、僕的にはご褒美以外の何物でもありませんでした……とは、口には出しませんでしたけどね。そんな事を口に出したら、絶対にドン引きされちゃいますから。
山賊達を討伐するために雇ったあの騎士達にしても、こんな小さな村に仕事を求めてやってくる冒険者なんているはずがないため、シャルロッタが自分で片道2日かかる山向こうの町まで出向いて雇ってきたんだそうだ。
もっとも、準備出来たお金が少なかったせいで、あのような騎士崩れの冒険者しか雇えなかったんだとか……
「金さえあれば、もう少し素性のしっかりした冒険者を雇ったのじゃが……やれやれ、改めて何か手を考えねばならぬのじゃ……」
シャルロッタはそう言いながらうなだれていた。
……ここで、ラノベのヒーローなら
「ここは僕にお任せください!」
とか言うところなんだろうけど……僕にそんな度胸はない。
剣なんてもちろん扱ったことなんてないし、武道だってやったことがない。
シャルロッタを助けることが出来たのだって、油断していた相手を偶然突き飛ばせたに過ぎないわけだし……
……ただ
シャルロッタを襲おうとした騎士の1人を吹っ飛ばしたり
剣で切られたはずなのに無傷だったり
すごい勢いで走れたり
と……ちょっと何かおかしい気がしないでもないんだけど……
そんな事を考えている僕に、シャルロッタはにっこり微笑んだ。
「クマ殿は、妾の恩人じゃからな。できる限りのお礼はさせてもらうから、何かあったら遠慮無く言ってほしいのじゃ」
シャルロッタは、そう言って僕の部屋を後にしていった。
うん、すごくいい笑顔だ。
僕は、そんなシャルロッタに向かってニヘラァっとだらしない笑顔を浮かべながら手を振っていた。
我ながら情けないとは思うものの、女の子に優しく声をかけてもらえたことなんて、今までの人生を振り返ってみてもほとんど記憶にないうえに、その相手が恋い焦がれていたゲームアプリのヒロインキャラと瓜二つなんだから……喜ぶなっていう方が土台無理な話だ。
……しかし
僕は、改めて窓辺へ歩み寄ると、外へ視線を向けていった。
どこをどう見ても、僕が暮らしていた日本とは似ても似つかない光景が広がっている。
ここが、僕が暮らしていた世界とは別の世界なのは、まず間違いないだろう。
「ここが異世界だとして……これから僕はどうしたらいいんだろう……」
窓の外を眺めながら、僕はそんなことを考えていた。
まだ自分の置かれている状況とか、さっぱりわからないことだらけだけど……もし仮に、僕がこの世界に転移してきていたとして、この世界でこれからも生きて行かなければならないのであれば……どうせなら自分の好きなキャラによく似た女性と行動を共にしたいと思う……シャルロッタのためなら、僕は頑張れる気がしないでもない……あくまでも、そんな気がするってレベルでしかないのが、我ながら情けないんだけど……
……ん?
なんだろう……何か聞こえた気がする。
いや、確かに眼下の街道を行き交っている人達の声はよく聞こえている。
そうじゃなくて……なんだ、今のは……なんだか悲鳴のような声が……
『誰か助けてー』
「うん!?」
間違いない。
今度ははっきり聞こえた。
出所は……森の中、か?
木の柵の向こう……木々が鬱蒼と茂っているあたり……そう、あの当たりから悲鳴が聞こえてきた気がする……
僕は、窓から実を乗り出した。
必死に耳を凝らしていく。
どこだ……本当にあそこなのか……
耳に全神経を集中させながら、上半身を窓の外へと出していく。
その行為に没頭していった僕の体は、どんどん窓の外へと出ていって、
ズルッ
窓枠を握っていた手が滑ってしまった!?
その途端に、僕の体は窓の外へと転がり落ちていった。
幸い、やや長めの屋根があったのでその上を転がっている僕は、いきなり地面に落下するという香港アクション映画のような事態に陥ることは避けることが出来ていた。
とはいえ、僕が屋根の上をゴロゴロ転がり落ちているのは紛れもない事実なわけで……