どこをどう走ったのか、まったくわからない。

 とにかく、僕は超一生懸命に森の中を駆け抜けていった。
 気のせいだろうか……すごく速かった気がする。
 元の世界ではこんなに速く走れなかったはず……うん。

 幼少の頃から太めだった僕は、走るのは大の苦手だった。
 運動会のかけっこでも、常にダントツの最下位だった。

 そんな僕が、シャルロッタをお姫様抱っこしたまま超一生懸命に走ったわけだけど……正直、すぐにあの騎士達に追いつかれると思っていた。
 
 そんな僕の思いとは裏腹に……男達の声はどんどん後方に遠ざかっていき、気が付いたらまったく聞こえなくなっていた。

 それでも、僕は後ろを振り返ることなくひた走った。

 ……僕はどうなってもいいから……どうにかしてシャルロッタを安全な場所にまで連れていかないと……

 ひたすらに、そのことだけを考えながら走り続けていた。

 口からは変な呼吸音が漏れ続けている。
 多分、涎も垂れ流しになっているんじゃあないだろうか……
 あぁ、こんな顔をシャルロッタに見せたくない、って、思いはするものの……今はとにかく走らないと、と、その一念だけで走り続けていた。

 ……そのまま、どれぐらい走り続けただろうか。

「こ、これ、お、お主、そろそろ止まるのじゃ」
 僕の首に抱きついているシャルロッタがそう言った。

 ひょっとしたら、もっと前からそう言っていたのかもしれないけど、必死に走っていた僕の耳に届いていなかっただけなのかもしれない。

 それまで、ひたすら走り続けていた僕は、ここでようやくハッと我に返った。
 立ち止まって周囲を見回すと……そこは先ほどまでの森の中とは様相が違っていた。

 鬱蒼と茂った木々の中ではなく、比較的低い木々しか周囲には見当たらない。
 草原のような場所のど真ん中に僕は立っていた。

「ここまでくればもう安心じゃ。降ろしてたもれ」
「あ、はい」
 僕はそう言うと、シャルロッタを地面の上に立たせていった。
 
 髪の毛がふわっと宙を舞い、その途端にまたあのいい匂いが僕の周囲に漂っていく。

 あぁ……ホントにいい匂いだ。
 僕はつい、そんなことを考えながら息を吸い込んでいった。

「お主よ」
 そんな僕に、シャルロッタが声をかけてきた。

 腰に手をあてがい、僕を見上げている。
 シャルロッタは、ゲームの設定同様にかなり小柄だ。
 縦にも横にも大柄な僕は、そんなシャルロッタを見下ろした格好になってしまう。

 シャルロッタが、あのゲームの設定通りの性格であるならば、かなりプライドが高く、常に相手を見下している……そんないわゆるツン気質の強いお姫様のはずだ。

 そのことを思い出した僕は、シャルロッタの前で跪いた。
 さらに、上半身を低くして、シャルロッタを見上げるように、シャルロッタが僕を見下ろせるように配慮していく。

「な、なんのつもりじゃ?」
 やや面食らった様子のシャルロッタ。
 僕は、そんな彼女に、
「あ、いえ……失礼がないようにと思いまして……」
 そう言いながら頭を下げた。

 その言葉を聞いたシャルロッタは、
「い、いや……そこまで気をつかうでない。助けてもらったのは妾の方なのじゃからな」
 少し慌てた様子で、僕に話しかけてきた。
 どうやら、シャルロッタの心証を悪くすることはなかったようだ……

 僕は、安堵しながら頭を下げ続けていた……んだけど……

 そんな僕の視線の先に……僕の息子が飛び込んできた。
 腰に巻いていた木の葉は、走っている間にすべてどこかへ飛んでいってしまっていて、僕は完全に素っ裸だったんだ。

「……あ」
 
 僕の全身から、脂汗がにじみ出してくるのがわかった。

 ……な、なんてこった……夢にまで見たシャルロッタそっくりな女の子の目の前で、よりによって素っ裸って……どんな羞恥プレイなんだよ……

 僕は、跪いたまま完全に固まっていた。

 そんな僕の体に、何かが覆い被さった。

「お主も山賊に身ぐるみはがされたのじゃろう……そんな中、自分の危険を顧みずに妾を助けてくれてのじゃな」
 シャルロッタの言葉に、僕は思わず顔をあげた。
 僕の視線の先で、シャルロッタは感謝の表情をその顔に浮かべていた。

 ……もっとも……僕の下半身の状態に気がついているらしく、気持ち斜め横を向いているのは、まぁ、当然といえば当然なんだけど……
 
 そんな状況にも関わらず、シャルロッタはしきりと僕の体を触っているんだけど……どうやら、僕が怪我をしていないかどうか確認してくれているみたいだ。

 ……そういえば、シャルロッタを助けようとして突っ込んだ際に、僕はあの騎士達に剣で突き刺されたはず……だ……
 そのことを思い出した僕は、脇腹の下あたりに手をあてた。

 そこに、ナニカが流れ続けている。

 うわ!? 流血してる!?

 そう思って、慌てて確認すると……それは血ではなく、全て僕の汗だった。

 うん、間違いない……これは、走って出た汗と、シャルロッタの前で全裸なもんだから焦りまくっている脂汗がごちゃ混ぜになっている、そんな汗に間違いない。

 でも、それ以外となると……特に何の異常もない……強いて言えば、騎士達の剣が当たったあたりが少し赤くなってるような気がするぐらいだろうか。

 シャルロッタも、僕の体に深手がない、というか、出血していないことを確認出来たらしく安堵の表情をその顔に浮かべていた。

「よかったのじゃ……無事でよかったのじゃ」
 そう言いながら、シャルロッタは僕の顔を優しく抱きしめた。

 うお!?
 か、香しい芳醇な香りが僕の頭を包み込んでくる……
 
 僕は目を丸くしながら、その匂いをおもいっきり吸い込んだ。
 無意識だった。
 まったく意図はしていない。
 
 その匂いを鼻腔一杯に吸い込んだ僕……顔が真っ赤になっていくのがわかる。

 と、同時に……僕の息子が元気満々になっていくのも……

 シャルロッタも、僕の下半身の異常に気が付いたらしい。
 それまでは、僕に対する感謝の気持ちをその体で示してくれていたシャルロッタなんだけど……その体をぷるぷると震わせ始めると、

「こんの痴れ者がぁ! 妾の何に反応しておるのじゃ、この物はぁ!」

 怒声とともに、僕の息子を思いっきり踏んづけてきた。
 しかも、踵で。
 それも、鎧の、だ。

「うぐぅ!?」

 反射的に下半身を押さえて体を丸くする僕……だったんだけど……

「……あれ?」

 痛くない?
 甲冑の、しかも踵の部分で、大きくなっていたアレをおもいっきり踏みつけられたというのに……痛く、ない? なんで?

 何しろ、踏んづけた当の本人であるシャルロッタ自身が
『しまった、やり過ぎてしまったのじゃ』
 的な表情をその顔に浮かべつつ、アワアワしていることからも、それは明らかだった……っていうか、アワアワしている姿も可愛いなぁ……

 ……でも、ホントに全然痛くないんだ。

 剣で刺されたはずなのに、傷ひとつないとか……
 シャルロッタを抱きかかえたまますごいスピードで長時間走れたとか……
 アレを思いっきり踏んづけられてもなんともないとか……

 ……僕、いったいどうしちゃったっていうんだ???