ダイハード(超一生懸命)なおっさん in 異世界

「わっとっと……」

 僕が着地したのは、魔獣達が集まっているど真ん中だった。
 いきなり空中から出現した僕に、最初こそびっくりしていた魔獣達なんだけど、すぐに周囲を取り囲みながら、うなり声をあげはじめた。

「み、みたところ、犬……というよりも狼みたいな感じなのかな? 映画の中でしか見たことがないけど……と、とにかく頑張らないと……」

 僕は、近くに生えていた、割と大きな木に抱きついた。

 僕の作戦はこうだった。

 なるべく魔獣の声の少ない場所……つまり、魔獣の数が少ない場所を聞き分けてそこへジャンプして、近くの木を引っこ抜いて、その木を振り回して魔獣をぶん殴る。

 狩りなんて、ゲームの中でちょっとしかしたことがない僕……そうなんだよね、なんか狩りのゲームが楽しく思えなくて、すぐに辞めちゃったんだ。
 そんな僕に、魔獣と駆け引きをしたりとか、細かい作戦をたてることなんて出来るわけがない。

「ん~……」

 必死に、木を持ち上げる僕なんだけど……も、もしも、あの異常なパワーが一時的な物だったりしたら、僕はここで死んでしまうかもしれないんだな。
 その事に、今更のように気がついた僕は、

「ふぎぎぎぎぃ」

 必死になって踏ん張った。

 メキ……メキメキメキ!

 程なくして、割と大きな木を根元から引っこ抜く事に成功した。
 すると、僕にジリジリと接近していた魔獣達が、一斉に距離を取った。

……はは……僕なんかを警戒しているのかな? 

 そう考えると、なんだか笑えてしまう。
 でもまぁ、今の僕は引っこ抜いたばかりの木を、軽々と振り回しているわけだし……警戒するなという方が難しいのかもしれないな。

「さて……上手くいくかどうかわからないけど、とにかく頑張ってみよう!」

 僕は、大きく息を吸い込むと、思いっきり木を振り回していった。

 1回目は不発。
 2回目も不発。

 狼に似ているだけあって、僕が振り回している木を俊敏な動きで回避している魔獣達。

「こうなったら、根比べだな」

 思いっきり木を振り回していく僕。
 相変わらず、魔獣達は軽快な動きでそれを交わしていく。
 
 そんな時間が、

 10分……

 20分……

 1時間……

 と、延々続いていく。
 僕は、ぜぇぜぇ息をきらしているものの……実はそんなに疲れていなかった。
 やっぱり、身体能力が強化されているみたいだ。

 いつまで経っても、僕が木を振り回し続けているもんだから、いつの間にか魔獣達の方が焦りはじめていた。
 最初の頃は、僕が木をフルスイングした隙をついて、襲いかかろうとしたりしていたんだけど……今では、僕が振り回す木を交わすのに必死になっている感じになっている。

 まぁ、木を振り回しまくったおかげで、僕もコツを掴んできたのもあると思う。

 おかげで、さっきまでの間に魔獣を3匹倒すことが出来ていた。

「……この魔獣達を持って帰ったら……シャルロッタも喜んでくれるかな」

 そんな事を考えると、俄然やる気が倍増してしまう僕。
 
「よぉし! まだまだ頑張るぞぉ!」

 気合いを入れて、木をフルスイングしていく僕。
 最初の頃は、ブゥン……ブゥン……といった感じで、一回振り回す度に隙が出来ていたんだけど、今は、ブンブンブン! と、連続で振り回せるようになっている。
 
 木を振り回しながら魔獣達に駆け寄っていく僕。
 そんな僕を前にして、後方に飛び退いていく魔獣達。
 
* * *

「あ……あれ?」

 息を切らしながら、木を振り回し続けていた僕は、いつの間にか夜が明けていたことに気がついた。

「ここに来た時って、まだ夜中前だったから……結構な時間、頑張ってたんだな」

 息をきらしながら木を足元に置いた僕。
 よく見たら、もう周囲に魔獣達は残っていなかった。

 僕の周囲には、夜の間に倒した魔獣達が転がっていた。

 それを集めると、30匹近い魔獣を狩ることが出来ていた事がわかった。
 どの魔獣もそんなに大きくはなかったけど、はじめての狩りでこれだけ狩れたらなかなかすごいんじゃないかな……って、思っている反面、シャルロッタや村のみんなが見たら、

「なんじゃ、こんな小物を、これっぽっちしか狩れなかったのかの?」

 なんて言われるかもなぁ……なんて事も考えてみたり。
 まぁ、基準がわからないんだから、しょうがないよね。

 最初は、空腹を満たせればいいやくらいに思っていたんだけど、小さい魔獣をたくさん狩れたもんだから、つい
『よ~しシャルロッタのために、もっと頑張っちゃうぞ!」
 とか独り言を言いながらすっごく頑張っちゃって……その結果、こんな時間まで夢中で狩りを続けていたわけなんだけど……

「さて、じゃあ帰るとしようか」

 僕は、近くの木の幹に絡みついていた蔦を使って魔獣達を縛り上げた。
 その魔獣の山を、

「どっこいしょ、っと」

 担ぎ上げると、村に向かって歩き始めた。

* * *

 まだ門が開いていなかったので、僕は思いきりジャンプして柵を越えた。
 このジャンプも少しなれた気がする。
 魔獣を担いでいるのに、結構バランスよく木の柵を跳び越えて、村の中にある街道へ着地することが出来たんだ。

「……ん?」

 そんな僕の耳に、何やら賑やかな話し声が聞こえてきた。
 耳を澄ましてみると、それは僕が居候しているシャルロッタの邸宅の方から聞こえてきた。
「なんだろう……」
 そう思いながら、魔獣を担いだまま歩いていると……

「さぁさぁ安いよ安いよ」
「さっき畑でとれたばかりの野菜さ」

 そんな元気な声が、はっきりと聞こえてきた。

 あぁ……そう言えばシャルロッタが言ってたっけ、

『この街道での、毎朝、市を開いておる。食べ物などはそこで売買されておるのじゃ』

 って。 

 僕は、担いでいる魔獣の山を見上げた。

「……ひょっとして、この魔獣の肉も売れたりするのかな……」

 そんな事を考えながら、僕は街道の方へ向かって歩いていった。

 小型の魔獣ばかりとはいえ、数が結構あるわけだし……それに、昨日お酒を注いでもらった村人達も結構いたし、そんな人達に喜んでもらえたら、やっぱり嬉しいもんね。

 角を曲がると、その先に結構な数の人が集まっていた。
 どうやらここが朝市の会場のようだ。

 僕は、魔獣を担いだままその場所に向かって歩いていった。

「おや? クマ殿か?」

 そんな僕を最初に見つけたのは、他ならぬシャルロッタだった。

 朝市の見回りをしているらしいシャルロッタは、部下の騎士達と一緒に街道の中央を歩いていたんだけど、

「てっきりまだ眠っているのかと思っておったのじゃ……が……え?」

 その視線が徐々にあがっていくにつれて、その言葉が途切れ途切れになっていく。 
 そして、その視線が僕の頭の上……僕が担ぎ上げている魔獣の山へと注がれたところで、シャルロッタは目を丸くしたまま固まってしまった。
 それは、その後方に付き従っていた騎士達も同様で、
「え……」
「ま、魔獣?」
 そんな言葉を口にした後、あんぐりと口を開いたまま、僕が抱え上げている魔獣の束を見上げていたんだ。

 そんなシャルロッタに僕は、

「あの……夜ちょっとお腹が空いたもんで森に狩りに行ってたんですよ。このお肉、朝市で売れたりしますかね? なんちゃって、あはは」

 そんな感じで、少しおどけた感じで口を開いていった。

 何しろ、僕ごときで狩ることが出来た魔獣だしね。
 自分より小型の魔獣ばかり狩ったんだし……何より、僕なんかが狩ることが出来た魔獣だもん、村の人達だってきっと簡単に狩れるはず……

 そんなことを考えながら、苦笑を浮かべていた僕なんだけど……

「し、信じられないのじゃ……あ、あの、流血狼(ブラッドウルフ)どもをこんなに大量に狩るなんて……」
 シャルロッタは、僕の頭上を凝視しながら、そんな言葉を口にしていったんだ。

 え? 流血狼(ブラッドウルフ)?

 な、なんだか、すごく大層な名前なんだな、この魔獣って……

「あぁ、そんな名前なんですね、この魔獣って。あ、はい、なんか結構簡単に狩るこ
とが出来たもんですから調子にのってこんなに狩ったんですけど……」

 僕は乾いた笑いを浮かべながら言葉を続けていった。

 いつの間にか、僕の周囲には朝市に集まっていた皆さんまで集合してきていた。
 そんな皆さんまでもが、僕が抱え上げている魔獣……あ、流血狼(ブラッドウルフ)でしたね、その山を見つめながら、あんぐりと口をあけていた。

 そんな皆さんの前で、僕は居心地悪い感じのまま、愛想笑いを浮かべ続けていた。

 そんな中、
「……す、すごいのじゃクマ殿!」
 ようやく我にかえったシャルロッタが、満面の笑顔を浮かべながら僕に駆け寄ってきた。
「この狼共のせいで、村人達がどれほど苦しめられていたことか……」
 僕の眼前で、そう言いながら目を輝かせているシャルロッタ。
「え?」
 そんなシャルロッタを見つめながら、今度は僕が目を丸くする番だった。
 しばらく後……
 朝市の一角に座っている僕の前には黒山の人だかりが出来ていた。

 そんな僕の前には、持ち帰ったばかりの流血狼(ブラッドウルフ)が山積みになっているんだけど、その肉を前にして村人達が

「クマ様、この肉売ってください!」
「少々高くても買い取らせてもらいますぞ!」
「ちょっと、こっちが先だからね」

 そんな声をあげながら殺到していたんだ。

「こ、この魔獣って、そんなに人気なんだ……」
「そりゃそうなのじゃ。クマ殿は知らないみたいじゃが、この流血狼の肉は高級肉として知られておるタテガミライオンに勝るとも劣らない珍味とされておるからのぅ。もっとも、タテガミライオンも流血狼も強すぎるもんじゃから滅多に狩ることが出来ぬのじゃ」
「え? そ、そうなんですか?」
 僕の隣に立っているシャルロッタの説明を聞いた僕は、思わずびっくりした声をあげてしまった。
「この魔獣よりも、もっと大型の魔獣の方がもっと危険なのかと思っていましたよ。昨夜は遭遇はしなかったんですけど、気配は感じていましたので……」
「うむ?……大型の魔獣……ひょっとしたら灰色熊かもしれぬの……確かにあの魔獣も強敵じゃが、この狼共に比べればかなり倒しやすい相手じゃぞ?」
「え? そ、そそそうなんですか!?」
 シャルロッタの説明を受けた僕は、先ほど以上にびっくりした声をあげた。

 なんというか……時間こそかかったものの、一度も襲われることなく狩ることが出来たこの狼の方が難敵だったなんて……

 そんな事を考えながら乾いた笑いを浮かべ続けている僕。
 そんな僕に、シャルロッタが笑顔を向けてきた。

「クマ殿よ、この狼の肉はいくらで販売しようかの? 出来る事なら安く提供してもらえると村人達も喜ぶのじゃが……」
「あ、あぁ、そうですね……」

 そう返事をしたものの……僕はこの世界の食べ物の相場なんてわからないし、この肉が貴重な物だということは理解出来たけど、それにいくらの値段をつけていいかなんて見当も付かないわけで……
 しばらく思案した僕は、シャルロッタに向かってにっこり微笑んだ。

「あの……値段設定ですけど、シャルロッタに任せてもいいですか? 無料(ただ)同然で販売してくれてもかまいませんので」
「な、なんじゃと!? お、王都では結構な値段で取引されている肉なのじゃぞ?」
「えぇ、僕は全然かまいません。昨日の宴のお礼といいますか、しゃ、シャルロッタや村の皆さんが喜んでくださるのなら、それが一番だって思いますので……」
 目を丸くしているシャルロッタに、僕がそう言うと、

「な」
「ん」
「で」
「す」
「と」
「ぉ」
 
 僕とシャルロッタのやり取りを聞いていた村人達が、まるでストップモーションのアニメーションのように、口をカクカクさせながら、声になっていない声をあげていった。
 僕の横に立っているシャルロッタまで、そんな村人達と同じように口を動かしていたのには、少し笑ってしまったんだけど。

 ……ど、どうやら、無料ってのは気前が良すぎた……の、かな?

 そんな事が頭の中をよぎったんだけど……えぇい、もういいや。
 改めて、村人のみんなに向き直った僕は、

「お一人さま1匹ってことで、このお肉をお分けしますよ! 早い者勝ちでお願いします!」
 笑顔で声を張り上げた。
 その言葉を聞いた、僕の前に殺到していた村人達は、一瞬固まった。

 そして……さらに次の瞬間、村人達から怒号のような歓声が沸き起こった。

「クマ様最高!」
「無料だなんて……なんて素晴らしいお方なのじゃ!」
「クマ様ありがとうございますぅ!」

 皆さん、僕にお礼を言いながら、魔獣に向かって一斉に手を伸ばし始め。

「く、クマ殿!? ほ、本当によいのかの?」

 その光景を見つめながら、アワアワしているシャルロッタ。
 ……なんだろう、その仕草まですごく可愛く思えてしまう……なんというか、癒やされるなぁ

「えぇ、全然かまいません……あ、でも、1つだけお願いが……」

 僕はそう言うと、シャルロッタの耳元に口を寄せた。

「一晩中狩りをしていて、お腹がペコペコなんです……なるはやで朝ご飯をお願い出来たら……」

 僕の言葉を聞いたシャルロッタは、にっこり微笑むと、

「うむ! わかったのじゃ! まかせておけ!」

 ドンと胸を叩いた。
 その笑顔に、また癒やされている僕だった。

* * *

 いやぁ……ホントにすごかったです。
 
 あの後、僕の前にはすごい数の、と、いうか、この村のほぼ全員の人々が集まってきたんです。
 そんな皆さんに、僕は魔獣を配布していきました。

 僕が最初に口にした「一人1匹」だと、村の皆さんに行き渡らないため
「一世帯一匹じゃ。子供のおる家を優先じゃぞ。独り者は足1本で我慢するのじゃ」
 シャルロッタが、そんな感じで配布のルールを即席で決めてくれて、同時に自分の剣で魔獣をさばいていってくれた。
 そのおかげで、結構な数の皆さんに魔獣のお肉を配布することが出来たんだ。

 聞けば、

「この村で、こんなに肉が出回ることなど滅多にないことなのじゃ」

 そう、シャルロッタが教えてくれた。

 たまに旅の商人達が肉を売りにきたりしていたそうなんだけど、この村は総じてお金を持っていない人が多いため、商人達が提示した額ではあまり肉が買えなかったそうで……そのため「この村では儲けにならない」とばかりに、最近では商人達もほとんどやってこなくなっているらしい。

 シャルロッタが騎士達と一緒に、時々森に狩りに行っているそうなんだけど、
「妾達では、1日に数匹仕留めることが出来ればよいほうじゃ」
 そう言っていた次第なんだ。

 そんな貴重な肉を、昨日の宴会では僕のために振る舞ってくれていたんだな……
 そのことに思い当たった僕は、なんだか胸が熱くなるのを感じていた。

 そんな僕の足下に、小さな子供達が駆け寄ってきた。
「クマ様、ありがとうございます」
「お肉、とってもうれしいです」
 姉弟らしいその2人は、僕に向かって深々と頭を下げてくれた。
 僕は、そんな2人の頭を撫でながら、
「また取ってきてあげるから、いっぱい食べるんだよ」
 そう言いました。
 その言葉に、2人は嬉しそうに笑顔を浮かべていました。

 ……こんな僕でも、こうしてみんなに喜んでもらうことが出来たんだ……

 僕は、笑顔を浮かべながらそんなことを思い浮かべていたんだけど

 ぐう……

 その途端に、壮絶な空腹音が僕のお腹から発生していった。
 魔獣を配布するのに夢中になってすっかり忘れていたんだけど……どうやら僕のお腹は空腹過ぎてそろそろ限界のようでした。

 お腹の音と共に、僕はその場にへたり込んでしまった。

 ……なんというか、最後がしまならないのが僕らしいなぁ……

 僕はそんなことを考えながら苦笑していた。
 これは本当に偶然だったんだけど……昨夜、僕は魔獣の声が少ないところを選んで飛び込んでいたわけです。

 僕的には、単純にそこには魔獣が少ないだろう、という認識しか持ってなかったわけなんだけど、
「流血狼はこの近辺では最強の魔獣なのじゃ。数匹で群れを成して狩りをするのじゃが、その強さゆえに他の魔獣達も恐れて近寄らないのじゃ」
 肉を配り終えた後、シャルロッタからそんな話を聞いた僕は、その場で真っ青になりました。

 そりゃそうですよ。
 安全な場所を選んだつもりが……自ら危険地帯に突っ込んでいたことがわかったんですもん。
 あれは、魔獣が少ないわけではなくて、少数精鋭の群れだったわけですから……そんなところに、わざわざ飛び込んでよく生きて帰れたなぁ、と……

 ……なんと言いますか、無知ってホントに怖いですね。

 片付けをしながら、僕は安堵のため息をもらしていたのでした。

 そんな僕ですが、今はお腹がしっかり満たされています。

 先ほど、空腹でその場にへたり込んでしまった僕なんですけど、

「まかせてよクマ様、アタシがこのお肉で美味しい物を作ってあげる」

 話を聞いて駆けつけてきたピリが、そう言って狼の肉を料理してくれたんです。
 ピリは魔法袋という物を持っていて、その中から簡易式のキッチン~僕の世界で言うところのキャンプセットとでも言う物でしょうか、そんな物を取り出して、すぐに調理をはじめたんです。

 その魔法袋は、人の拳くらいの大きさしかないんだけど、その中にはちょっとした部屋1部屋分程度の品物を収納出来るんだそうだ。
 
 ピリは、それを使って狼の肉の串焼きを作ってくれた。
 その調理の匂いはあっという間に街道中に蔓延していって、

「ピリ! 俺の肉も調理してくれ!」
「俺のもだ!」

 そう言いながら、受け取ったばかりの肉をピリに差し出してくる人が殺到していったんだ。

 で、ピリは、
「せっかくクマ様が狩ってきてくださったお肉だし、今日はサービスで調理してあげるよ! そのかわり一口分はクマ様に食べてもらうからね」
 そう言いながら村人から肉を受け取り、手際よく調理していった。

 そうしてピリが肉を焼く度に、僕の元にも新しいお肉が届けられたわけで……おかげで僕の空腹もすっかり満たされていきました。

 しかしあれです。
 ピリの料理の腕前はホントにすごいと感心した次第です。
 ただ肉を焼いている……そう見えたのですが、その肉にかけているタレが絶品だったんです。

「このあたりの森で収穫出来る果物をベースにしてるのよ」

 ピリは、笑顔でそう教えてくれました。

「うん、すごくい美味しいよ、このお肉にすごくあうね」

 僕は、満面の笑顔でそう言いながら、ピリが渡してくれる狼の肉を次々に口に運んでいました。

「ふふ……クマ様ってほんと美味しそうに料理を食べてくれるね。そういう人、アタシ大好き」

 ピリも、笑顔でそう言いながら調理を続けていました。

 お世辞でも女の子に「大好き」って言ってもらえるのはなんだか嬉しいものですね。
 社交辞令だとわかってはいるんだけど、なんか勘違いして「ピリ結婚しよう」とか叫びそうになってしまう自分を、僕は必死に引き留めていました。
 ゲームならともかく、ここでそんな事を口に出しちゃったら確実に嫌われちゃいますからね……あはは。

「……クマ様? 今、何かおっしゃいました?」
「え? あ、いえいえ、何も言ってないです、何も……」

 やばい……僕ってば今の言葉を思わず口に出しちゃってた!?
 慌てて僕は口を押さえたんだけど……ピリがそれ以上突っ込んでくることがなかったので多分気のせいだったんだろう、と、安堵のため息を漏らしていった。

 ……ただ、それ以後ピリが頬を赤くしたままどこか上の空になってしまい、村人達に話しかけられても、

「へ? あ、ご、ごめん聞いてなかった」

 とか言いながら、慌てふためくことが多くなった気がしました。

 時折僕と目が合うと、慌てて視線を反らしていくし……ピリってばホントどうかしたのかな???
 
* * *

 ピリは調理が終わると

「あ、アタシちょっと用事が」

 と言ってそそくさと帰っていってしまいました。
 様子が明らかにおかしかったんだけど、まぁ体調が悪いとかそういうのではなさそうなので、あまり突っ込んで聞くのも悪いかなと思った僕は、
「ありがとう、気をつけてね」
 そう言って、ピリを見送りました。

 その後、シャルロッタ達と一緒に、居候しいている彼女の邸宅へ戻った僕は、そのまま自室へと戻りましたた。
 結局僕は、深夜から今まで寝ないであれこれしていたわけです。

 ちょっと魔獣を狩って小腹を満たせれば……
 そんな軽い気持ちで始めたこの狩りが、気が付けば村のみんなから感謝されちゃう事態にまで発展してしまった。

 ……何より、

「クマ殿、本当にありがとう。村の皆を代表してお礼を言わせていただくのじゃ」

 シャルロッタから何度もそう言ってもらえたのが本当に嬉しかった。

 うん……あの笑顔のためなら、僕はもっと頑張れるかも知れない。

 ベッドに横になった僕は、天井を見上げながらそんなことを考えていました。

 すると、そのまぶたが急速に重たくなってきて……
 あ、そうか……結局僕ってば一睡もしていないんだった。
 しかも、お腹も満たされたもんだから、そのせいで一気に睡魔が襲ってきたんだろう。
 
 僕は、そのまま目を閉じました。

「……クマ殿?」

 ……ん?
 気のせいかな? なんかシャルロッタの声が聞こえたような……
 でも、あれ……もう僕の体は熟睡モードに突入してるみたいだ。
 シャルロッタの声が聞こえるような気がするんだけど、もう指一本動かせない……

「クマ殿……なんじゃ寝てしまったのか……無理もない……小腹が空いたからとか言っておったけど、村の皆のために一晩中頑張って魔獣を狩ってくれたのに違いないからの……」

 い、いや……ちょっとまってシャルロッタ。
 ぼ、僕は別に村のためとか、そんな大それたことは考えてなくてですね……本当に、小腹を満たそうと思っただけで……

「……本当にありがとう、クマ殿」

 ……ちゅ

 え?
 
 その後、部屋の戸が閉じる音がした。
 その音は、僕を起こさないようにすごく控えめだったんだけど……
 
 いや、ちょっと待って

 さっきの「ちゅ」って何?
 なんか口の先っぽに何かあったかい感触が伝わってきたんだけど。
 ま、まさかシャルロッタが魔獣を退治したお礼に、ぼぼぼ僕にきききキッスをしてくれたとか……

 そんなことが頭の中をぐるんぐるんと駆け巡っていったんだけど……ほどなくして僕はそのまま深い眠りに落ちていってしまった。
 目を覚ました僕が窓の外を確認すると、お日様がちょうど空のてっぺんに差し掛かっていました。

 ってことは、今はお昼くらいなのかな……時間にしたら4時間くらい寝たみたいだな。
 時間こそ短いものの、ぐっすりと眠れたらしく頭がとてもすっきりしていた。

 ……ん?

 ここで僕は腕組みをした。

 ……なんだろう……なんか……寝る寸前にすっごく重大な事件が発生したような気がするんですけど……そのまま寝ちゃったもんだからその部分の記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているんです……
 ただ、その何かのおかげで僕はすごく心地よい眠りにつけた気がしていました。

 う~ん……それが何だったのかすっごく気にはなるものの……まぁ、いっか。

 そう思い直した僕はベッドから起き上がりました。

 そのまま僕は廊下に出て、一階へと歩いていきます。

「あ、クマ殿!」

 そんな僕に気が付いたシャルロッタが駆け寄って来ました。
 今は私邸の中だからでしょう、いつも身につけている上半身のみの甲冑も脱いでいて、冒険者風の衣装を身につけています。 

「ぐっすり眠っておられたようじゃが、もう大丈夫かクマ殿?」
「えぇ、おかげさまですっかり元気になれました」

 少し心配そうな様子で僕に聞いてきたシャルロッタ。
 そんなシャルロッタに、僕は笑顔とともに両腕で力こぶを作ってみせました。
 そんな僕の様子に、シャルロッタはクスリと笑みを浮かべると、

「フフ、ホントにクマ殿は頼りになるお方じゃ」

 そう言ってくれました。
  
 その笑顔を本当に嬉しく感じている僕がいます。

 かつては、スマホを立ち上げてその画面の向こうでしか見ることが出来なかったシャルロッタ。
 そんなシャルロッタと瓜二つの笑顔がここにあるんです。
 それを嬉しく感じない方がどうかしていると思いません?

 僕はそんなことを自問自答しながら、ふとあることを思い出していました。

「そう言えば……シャルロッタ」
「なんじゃクマ殿?」
「僕が寝ているときに部屋にこなかった? なんか寝る寸前に君の声が聞こえたような気がしたんだけど」
「う、うむ!? クマ殿、ま、まさか起きておったのか!?」
「え? あ、いえ……なんかほとんど寝ていたのであんまりはっきり覚えてないんだけど……なんかそんな気がして……」

 僕がそんな感じで、記憶をたどりながら考えを巡らせていると、

「き、気のせいじゃ。うむ、気のせいじゃから思いださなくて良いのじゃ」

 シャルロッタは声を裏返られせながら、小柄な体を目一杯伸ばして僕の口を押さえようとしてきた。
 真っ赤になっているシャルロッタなんだけど……小柄な割に大きな胸が僕のお腹のあたりに押しつけられた格好になってしまったもんだから、そのせいで僕まで真っ赤になってしまった。

 な、何、このふにゃっとした柔らかい感触!?

 そんなことなどお構いなしとばかりに、さらに僕に体を密着させながら僕の口を押さえようとするシャルロッタ。
 その度にその胸が僕のお腹に激しくおしつけられてくるもんだから、僕はもうお腹から意識を離すことが出来なくなってしまったわけで……

◇◇
 
 その後、どうにかシャルロッタを引き離すことに成功した僕は、一緒に廊下を歩いていきました。
 最初こそギクシャクしていたものの、徐々に普通に会話出来るようになりました。

 って、あれ?……なんでこんなことになったんだっけ。
 そのことを再び思い出そうとした僕なんだけど、その記憶が、シャルロッタの押しつけられた胸の感触で上書きされちゃったもんだから、もうどうにも思い出せなくなってしまっています。

 その後、仕事を片付けるために執務室へ向かっていったシャルロッタと別れた僕は、その足で邸宅の外へと足を伸ばしてみた。

 シャルロッタからは

「クマ殿の好きなように過ごしてくれてよいのじゃ。何かあれば遠慮無く妾に声をかけてほしいのじゃ」

 そう言われています。

 今朝の魔獣の一件でシャルロッタとの距離が一気に縮まった感じがしている。
 そのことが、今の僕にはたまらなく嬉しく感じられていました。

 右も左もわからない異世界に飛ばされて、そこで出会った理想の女性……まぁ、その理想の女性がゲームのキャラっていうのが我ながらどうかとは思いますけど……そもそも元いた世界では彼女どころか女性と話すことすら希だった僕だし。
 たまにネトゲで女性っぽい人に惹かれちゃうことがあったりしたことも無きにしも非ずなんだけど、だいたいそういう人に限ってネカマさんだったってオチばっかりだったし……
 と、とにかく、今の僕はそんな理想の女性の側にいることが出来ているわけです。
 そして、その女性に、少なくとも嫌われてはいないというか、多少は好意を持たれているんじゃないかなって関係を保ててはいる……はず、だよね……うん。

 そんなシャルロッタのために、もっともっと頑張りたい。
 今の僕は、心のそこからそう思っていました。

 と、なると、善は急げなわけです。

 僕は、そのまま村の外へとジャンプしていきました。

 また、魔獣を狩ろうと思ったわけです。
 少なくとも魔獣を狩れば、シャルロッタだけでなく村のみんなにも喜んでもらえることがわかったわけだしね。
 なら、まずは出来ることから頑張ろうと思い、森へと出向いた僕。

 ……あれ?

 すぐに耳に意識を集中したのですが……おかしいですね、魔獣の声がさっぱり聞こえません。
 昨夜はあんなに聞こえていたのに……

「あ、待てよ……」
 ここで僕はあることを思い出しました。

 今朝、ピリが料理をしながら言っていたのですが、
「魔獣ってね、夜はすごい数うろついてるんだけどさ、昼間はほとんど出没しないのよね」
 なので、ピリをはじめとした村の皆さんは、昼間のうちに森に入って野草や木の実なんかを採取しているって言っていました。

「そうか……昼間は魔獣はあんまりいないのか」

 そのことを今になって思い出した僕は、思わず顔をおさえていました。
 張り切りすぎて、とんだ勇み足をしてしまったようですね。

 ズル……

「ん?」

 ズルズル……

 ……なんでしょう?
 僕の耳に、妙な音が聞こえてきました。
 その音は、何かを引きずっているような……そんな音のような気がします。
 改めて耳に意識を集中してみると……その音は僕の背後から聞こえていました。

 ……ゆっくりとですが、その音は確実に僕の方へと近づいている気がします。

 僕は、慌てて後方を振り返りました。

 すると……同時にその音が停止しました。
 その音の出所はそんなに遠くではなかったように思います。
 森の中、その木々の隙間を見つめていると……

 ズル……

 再びその何かが動きました。すると、木々の合間からそれがチラリと見えました。
 そう……それは長い何か……まるで蛇の尻尾のような……
 僕がそんな事を考えながらその尻尾の行方をたどっていると……木の陰から顔をのぞかせている1人の女の子がいることに気が付きました。

「え?」

 思わず声を出した僕。
 そんな僕のことを、その女の子はじっと見つめています。

「……見つけた」

 その女の子は、小さな声でそう言うと、僕に向かって歩いて

 ズルズルズル……

 ち、違う……歩いてない!?

 その女の子の下半身は蛇だったんです。
 そう、さっき見えたあの蛇の尻尾って、この女の子の下半身……
 僕に向かって駆け寄……ってというか、ズリズリとにじり寄って? 蛇行しながら? とにもかくにも、その下半身の蛇の部分を巧みにくねらせながら、ラミアの女の子は僕に向かってまっすぐ近づいて来ています。

 僕が元いた世界で見ていた「モンスター娘と一緒の毎日」って漫画だと、主人公の男性が同棲しているラミアの女の子に熱烈に愛される展開でしたけれども、今の僕の状況にそれをあてはめるのは非常に無理があるといいますか、そもそもこのラミアの女の子に僕が好かれる理由が万に一つも思い浮かびません。何しろ初対面ですし……

 ……となれば、することはひとつしかない。

 僕はその場で一度踏ん張ると、

「そ、そりゃあ!」

 思いっきり飛び上がった。

 こういう時は逃げるしかない。
 中国の昔の人も言ってましたからね、三十六計逃げるにしかずって。

 とにかく、このまま木の柵の中へ逃げ込めば、さすがにこのラミアの女の子も追ってはこれないだろう。

 ガシッ

 そんな事を考えながら宙に舞っていた僕の足先に、何か妙な感触が伝わってきた。
 嫌な予感が僕の脳裏をかすめました。
 同時に、冷や汗が僕の額を伝っています。

「ま……まさか……」

 僕は恐る恐る視線を下へと向けました。

 その視線の先に……ラミアの女の子の姿があります。
 その女の子は蛇の下半身部分を目一杯伸ばして、僕の足を掴んでいたんです。

 よく見ると、ラミアの女の子はその顔に満面の笑顔を浮かべているではありませんか。

 本来ならここで、掴まれていないもう片方の足でラミアの女の子の顔面を蹴りつけてでも脱出すべき……頭の中では理解してはいるのですが……なんでしょうか、このラミアの女の子ってば、僕の片足を掴んだまま満面の笑顔を浮かべているもんですから、その顔面を蹴りつけるのをどうしても躊躇してしまうといいますか……お、女の子には優しくしないと、って、昔親にも教えられましたし……

 こんな思考をしているから、スマホゲームで時折出現する可愛い敵役にとどめをさせなくて躊躇しているうちにこっちがやられちゃうなんてことがよくあったんですよね。そのせいで、有料のコンティニューチケットを何度購入する羽目になったことか……

 なんてことを思い出している僕だけど……忘れてはいけません、今、僕の身に起きているこの事態は現実なんです。ゲームの中の出来事じゃないんです。

 死ねば即終了。
 
 それはつまり、せっかく出会えた理想の女性であるシャルロッタとの永遠のお別れを意味するわけである。

「……それだけは、絶対に嫌だ」

 意を決した僕は、ラミアの女の子に掴まれていない右足で、
「……ご、ごめん」

 思いっきりその顔面を蹴りつけた。

「みぎゃああああああああああああああ」

 その途端に、僕の左足に蛇の下半身を巻き付けていたラミアの女の子はすごい悲鳴をあげながら、その下半身を離してしまった。
 その時に、左足の靴が脱げてしまったんだけど、ラミアの女の子はその靴をしっかりと尻尾で絡み取ったままでした。

 ……気のせいだろうか……僕の靴を手に持って、すごく大事そうに抱きしめながら……なおかつ、鼻血を吹き出しているにもかかわらず……満面の笑顔を浮かべたままだったような……

 い、いや、気のせいだ……気のせいに違いない、うん。

 再度跳躍し、どうにか近くの高い木の先に捕まることが出来た僕は、そこから三度跳躍して、どうにか無事に街の中へと戻ることが出来た。

 そこでラミアの女の子がいた辺りに意識を集中してみたところ……ズルズルといった移動音が聞こえていたので、どうやら死んではいないようだった。

 あのラミアの女の子……確かに、可愛い顔をしていたし……死なれていたらちょっと夢見が悪かったかもしれないと思ったりしたのですが、僕の世界でラミアといえば人の生き血を吸ってそのまま肉までくらう怪物として伝承されているわけですし、ゲームの世界ではだいたいそういう存在として設定されていました。
 例外的に「モンスター娘と一緒の毎日」みたいに、キャッキャうふふな展開になる漫画作品も存在してはいたのですが、本来はそっちの方が稀少な事例と言わざるを得ないんです。

 僕はそんなことを考えながらも……やっぱり顔面を蹴ったのはやり過ぎたかな……と、少し後悔の気持ちを胸に頂きつつシャルロッタの邸宅へ向かって少し早足で歩いていった。

◇◇

 邸宅に戻った僕は、その足でシャルロッタの執務室へ顔を出した。

「あの……シャルロッタ、ちょっといいかな?」
「おぉクマ殿、何かあったかの?」

 机に座っていたシャルロッタは書類に目を通しているところだった。
 そんなシャルロッタは

 ……め、眼鏡をかけていた。

 その姿を前にした僕は、思わず目を見開いてしまいました。
 ゲームの中でも眼鏡っ子なシャルロッタのイベントなんてなかった。
 うん、まさにこれ、初体験・初お目見え……シャルロッタにその黒縁の眼鏡がこの上なく似合っているんです。

 どうしようもない僕の目の前に女神様が降臨しています。

「ど、どうかしたのかの、クマ殿? 妾の顔に何かついておるのかの?」

 思わずシャルロッタの眼鏡姿をガン見してしまったせいか、シャルロッタはあたふたしながら自分の顔に手をあてながら困惑の声をあげていました。
 その声で、僕も我に返ったんです。

 っと、いかんいかん……ここで感情を爆発させてしまったら、シャルロッタに嫌われてしまうかもしれないじゃないか。そ、そんなことになってしまったら、この部屋への出入りを禁止されてしまって、今後この貴重な眼鏡姿のシャルロッタを拝見することも敵わなくなってしまいかねません。

 それだけはなんとしても回避しなければ。

「あ、あぁ、なんでもないんだシャルロッタ。それよりもちょっと耳に入れておきたいことがあって」

 何度も咳払いを繰り返した後、僕は必死に平静を装いながら話始めました。
 序盤、おもいっきり声が裏返ったものの、シャルロッタは真剣な眼差しで僕の話を聞いてくれたので、どうにか助かりました。

 僕は、そんなシャルロッタに先ほど森で出くわしたラミアのことを説明していきました。

 可愛い顔をしていたとはいえ、ひょっとしたら村人達を襲っている凶暴な魔獣だったのかもしれません。
 ……だとしたら、改めて出向いていって捕縛した方がいいに決まっていますしね。

「下半身が蛇で、上半身が女……それはまさに魔獣のラミアで間違いないとは思うのじゃが……はて、このあたりでラミアの目撃情報なぞきいたことがないのじゃ……」
「え? そうなの?」
「うむ……」

 僕の説明を一通り聞いたシャルロッタは、そう言いながら腕組みしています。
 一生懸命考えを巡らせているんだけど、どうしても思い当たる節がないみたいです。

 と、なると……僕が出くわしたあのラミアは、一体何者なんだ?

 出くわしたのは間違いないわけだし、僕に向かって突進してきたのも事実です。
 そして、ジャンプして逃げようとした僕の足を掴んだのも紛れもない事実。
 その証拠に、僕の左足には靴がなくなっているわけだし。

 シャルロッタが、新しく準備してくれた靴を履きながら、僕は改めてシャルロッタへ視線を向けていました。

「ちなみになんだけど……ラミアは凶暴な魔獣なのかい?」
「ふむ……それはなんとも言えぬのじゃ」
「なんとも言えない?」
「そうじゃ。ラミアにもピンからキリまでおってな。人を襲ってその血肉をすする者もおれば、人と接する事無く森の奥でひっそり暮らしておる者もおると言われておってな、一概にどうこう言えぬのじゃが……」

 ここで、シャルロッタは首をひねりながら、何かに思い当たったようだった。

「しかしあれじゃな……ラミアがこの森でよくぞ生きておっるものじゃ……」
「え? ど、どういうこと?」
「うむ……ラミアは動きがそれなりに速いのじゃが、流血狼ほどではないのじゃ。むしろ流血狼にとっては捕食しやすい獲物といえる存在でな、そのため流血狼が多く存在しておるこの村の周囲にまで寄ってくることなど通常ありえぬはずなのじゃが……」

 シャルロッタはそう言うと、再び考え込んでいった。

 その言葉を聞いた僕も、シャルロッタ同様に首をひねりました。

 そんなラミアが、なんでこの村の近くにいたんだ?
 シャルロッタが言うように、この村の周囲には流血狼がいっぱいいたわけだし……
 しかも、僕に向かって突進してきたり、僕を捕まえようとしたり……
 あのラミアが、シャルロッタが言っていた人の血肉をすするような魔獣なのであれば、森を彷徨いながら餌を探していて、偶然僕と出会ったからという仮説が成り立つ。

 ……でも

 あの時、あのラミアの女の子は僕を見て
「……見つけた」
 って、言っていた……
 あれは、餌を見つけたとかいうのではなくて、探していた人を見つけた……そんなニュアンスの方が強かったような気がしないでもないというか……

 その時だった。

『キャーーーーーーーーーー』
「え?」
 僕の耳に、悲鳴が飛び込んできた。
「ど、どうかしたのかの、クマ殿?」
 いきなり声をあげた僕に対し、シャルロッタが目を丸くしています。

 どうやら、悲鳴は僕にしか聞こえていないようだ。
 僕は、無意識のうちに聴覚を強化していたのかもしれません。

 悲鳴を聞いた僕は、すぐさまその場から駆け出しました。

「く、クマ殿!?」

 後方からシャルロッタの声が聞こえてきた。
 そんなシャルロッタに、僕は

「悲鳴が聞こえたんだ。ちょっと言ってくる」

 そう言うと、全力で駆け出しました。

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