目を覚ました僕が窓の外を確認すると、お日様がちょうど空のてっぺんに差し掛かっていました。

 ってことは、今はお昼くらいなのかな……時間にしたら4時間くらい寝たみたいだな。
 時間こそ短いものの、ぐっすりと眠れたらしく頭がとてもすっきりしていた。

 ……ん?

 ここで僕は腕組みをした。

 ……なんだろう……なんか……寝る寸前にすっごく重大な事件が発生したような気がするんですけど……そのまま寝ちゃったもんだからその部分の記憶がすっぽり抜け落ちてしまっているんです……
 ただ、その何かのおかげで僕はすごく心地よい眠りにつけた気がしていました。

 う~ん……それが何だったのかすっごく気にはなるものの……まぁ、いっか。

 そう思い直した僕はベッドから起き上がりました。

 そのまま僕は廊下に出て、一階へと歩いていきます。

「あ、クマ殿!」

 そんな僕に気が付いたシャルロッタが駆け寄って来ました。
 今は私邸の中だからでしょう、いつも身につけている上半身のみの甲冑も脱いでいて、冒険者風の衣装を身につけています。 

「ぐっすり眠っておられたようじゃが、もう大丈夫かクマ殿?」
「えぇ、おかげさまですっかり元気になれました」

 少し心配そうな様子で僕に聞いてきたシャルロッタ。
 そんなシャルロッタに、僕は笑顔とともに両腕で力こぶを作ってみせました。
 そんな僕の様子に、シャルロッタはクスリと笑みを浮かべると、

「フフ、ホントにクマ殿は頼りになるお方じゃ」

 そう言ってくれました。
  
 その笑顔を本当に嬉しく感じている僕がいます。

 かつては、スマホを立ち上げてその画面の向こうでしか見ることが出来なかったシャルロッタ。
 そんなシャルロッタと瓜二つの笑顔がここにあるんです。
 それを嬉しく感じない方がどうかしていると思いません?

 僕はそんなことを自問自答しながら、ふとあることを思い出していました。

「そう言えば……シャルロッタ」
「なんじゃクマ殿?」
「僕が寝ているときに部屋にこなかった? なんか寝る寸前に君の声が聞こえたような気がしたんだけど」
「う、うむ!? クマ殿、ま、まさか起きておったのか!?」
「え? あ、いえ……なんかほとんど寝ていたのであんまりはっきり覚えてないんだけど……なんかそんな気がして……」

 僕がそんな感じで、記憶をたどりながら考えを巡らせていると、

「き、気のせいじゃ。うむ、気のせいじゃから思いださなくて良いのじゃ」

 シャルロッタは声を裏返られせながら、小柄な体を目一杯伸ばして僕の口を押さえようとしてきた。
 真っ赤になっているシャルロッタなんだけど……小柄な割に大きな胸が僕のお腹のあたりに押しつけられた格好になってしまったもんだから、そのせいで僕まで真っ赤になってしまった。

 な、何、このふにゃっとした柔らかい感触!?

 そんなことなどお構いなしとばかりに、さらに僕に体を密着させながら僕の口を押さえようとするシャルロッタ。
 その度にその胸が僕のお腹に激しくおしつけられてくるもんだから、僕はもうお腹から意識を離すことが出来なくなってしまったわけで……

◇◇
 
 その後、どうにかシャルロッタを引き離すことに成功した僕は、一緒に廊下を歩いていきました。
 最初こそギクシャクしていたものの、徐々に普通に会話出来るようになりました。

 って、あれ?……なんでこんなことになったんだっけ。
 そのことを再び思い出そうとした僕なんだけど、その記憶が、シャルロッタの押しつけられた胸の感触で上書きされちゃったもんだから、もうどうにも思い出せなくなってしまっています。

 その後、仕事を片付けるために執務室へ向かっていったシャルロッタと別れた僕は、その足で邸宅の外へと足を伸ばしてみた。

 シャルロッタからは

「クマ殿の好きなように過ごしてくれてよいのじゃ。何かあれば遠慮無く妾に声をかけてほしいのじゃ」

 そう言われています。

 今朝の魔獣の一件でシャルロッタとの距離が一気に縮まった感じがしている。
 そのことが、今の僕にはたまらなく嬉しく感じられていました。

 右も左もわからない異世界に飛ばされて、そこで出会った理想の女性……まぁ、その理想の女性がゲームのキャラっていうのが我ながらどうかとは思いますけど……そもそも元いた世界では彼女どころか女性と話すことすら希だった僕だし。
 たまにネトゲで女性っぽい人に惹かれちゃうことがあったりしたことも無きにしも非ずなんだけど、だいたいそういう人に限ってネカマさんだったってオチばっかりだったし……
 と、とにかく、今の僕はそんな理想の女性の側にいることが出来ているわけです。
 そして、その女性に、少なくとも嫌われてはいないというか、多少は好意を持たれているんじゃないかなって関係を保ててはいる……はず、だよね……うん。

 そんなシャルロッタのために、もっともっと頑張りたい。
 今の僕は、心のそこからそう思っていました。

 と、なると、善は急げなわけです。

 僕は、そのまま村の外へとジャンプしていきました。

 また、魔獣を狩ろうと思ったわけです。
 少なくとも魔獣を狩れば、シャルロッタだけでなく村のみんなにも喜んでもらえることがわかったわけだしね。
 なら、まずは出来ることから頑張ろうと思い、森へと出向いた僕。

 ……あれ?

 すぐに耳に意識を集中したのですが……おかしいですね、魔獣の声がさっぱり聞こえません。
 昨夜はあんなに聞こえていたのに……

「あ、待てよ……」
 ここで僕はあることを思い出しました。

 今朝、ピリが料理をしながら言っていたのですが、
「魔獣ってね、夜はすごい数うろついてるんだけどさ、昼間はほとんど出没しないのよね」
 なので、ピリをはじめとした村の皆さんは、昼間のうちに森に入って野草や木の実なんかを採取しているって言っていました。

「そうか……昼間は魔獣はあんまりいないのか」

 そのことを今になって思い出した僕は、思わず顔をおさえていました。
 張り切りすぎて、とんだ勇み足をしてしまったようですね。

 ズル……

「ん?」

 ズルズル……

 ……なんでしょう?
 僕の耳に、妙な音が聞こえてきました。
 その音は、何かを引きずっているような……そんな音のような気がします。
 改めて耳に意識を集中してみると……その音は僕の背後から聞こえていました。

 ……ゆっくりとですが、その音は確実に僕の方へと近づいている気がします。

 僕は、慌てて後方を振り返りました。

 すると……同時にその音が停止しました。
 その音の出所はそんなに遠くではなかったように思います。
 森の中、その木々の隙間を見つめていると……

 ズル……

 再びその何かが動きました。すると、木々の合間からそれがチラリと見えました。
 そう……それは長い何か……まるで蛇の尻尾のような……
 僕がそんな事を考えながらその尻尾の行方をたどっていると……木の陰から顔をのぞかせている1人の女の子がいることに気が付きました。

「え?」

 思わず声を出した僕。
 そんな僕のことを、その女の子はじっと見つめています。

「……見つけた」

 その女の子は、小さな声でそう言うと、僕に向かって歩いて

 ズルズルズル……

 ち、違う……歩いてない!?

 その女の子の下半身は蛇だったんです。
 そう、さっき見えたあの蛇の尻尾って、この女の子の下半身……