しばらく後……
 朝市の一角に座っている僕の前には黒山の人だかりが出来ていた。

 そんな僕の前には、持ち帰ったばかりの流血狼(ブラッドウルフ)が山積みになっているんだけど、その肉を前にして村人達が

「クマ様、この肉売ってください!」
「少々高くても買い取らせてもらいますぞ!」
「ちょっと、こっちが先だからね」

 そんな声をあげながら殺到していたんだ。

「こ、この魔獣って、そんなに人気なんだ……」
「そりゃそうなのじゃ。クマ殿は知らないみたいじゃが、この流血狼の肉は高級肉として知られておるタテガミライオンに勝るとも劣らない珍味とされておるからのぅ。もっとも、タテガミライオンも流血狼も強すぎるもんじゃから滅多に狩ることが出来ぬのじゃ」
「え? そ、そうなんですか?」
 僕の隣に立っているシャルロッタの説明を聞いた僕は、思わずびっくりした声をあげてしまった。
「この魔獣よりも、もっと大型の魔獣の方がもっと危険なのかと思っていましたよ。昨夜は遭遇はしなかったんですけど、気配は感じていましたので……」
「うむ?……大型の魔獣……ひょっとしたら灰色熊かもしれぬの……確かにあの魔獣も強敵じゃが、この狼共に比べればかなり倒しやすい相手じゃぞ?」
「え? そ、そそそうなんですか!?」
 シャルロッタの説明を受けた僕は、先ほど以上にびっくりした声をあげた。

 なんというか……時間こそかかったものの、一度も襲われることなく狩ることが出来たこの狼の方が難敵だったなんて……

 そんな事を考えながら乾いた笑いを浮かべ続けている僕。
 そんな僕に、シャルロッタが笑顔を向けてきた。

「クマ殿よ、この狼の肉はいくらで販売しようかの? 出来る事なら安く提供してもらえると村人達も喜ぶのじゃが……」
「あ、あぁ、そうですね……」

 そう返事をしたものの……僕はこの世界の食べ物の相場なんてわからないし、この肉が貴重な物だということは理解出来たけど、それにいくらの値段をつけていいかなんて見当も付かないわけで……
 しばらく思案した僕は、シャルロッタに向かってにっこり微笑んだ。

「あの……値段設定ですけど、シャルロッタに任せてもいいですか? 無料(ただ)同然で販売してくれてもかまいませんので」
「な、なんじゃと!? お、王都では結構な値段で取引されている肉なのじゃぞ?」
「えぇ、僕は全然かまいません。昨日の宴のお礼といいますか、しゃ、シャルロッタや村の皆さんが喜んでくださるのなら、それが一番だって思いますので……」
 目を丸くしているシャルロッタに、僕がそう言うと、

「な」
「ん」
「で」
「す」
「と」
「ぉ」
 
 僕とシャルロッタのやり取りを聞いていた村人達が、まるでストップモーションのアニメーションのように、口をカクカクさせながら、声になっていない声をあげていった。
 僕の横に立っているシャルロッタまで、そんな村人達と同じように口を動かしていたのには、少し笑ってしまったんだけど。

 ……ど、どうやら、無料ってのは気前が良すぎた……の、かな?

 そんな事が頭の中をよぎったんだけど……えぇい、もういいや。
 改めて、村人のみんなに向き直った僕は、

「お一人さま1匹ってことで、このお肉をお分けしますよ! 早い者勝ちでお願いします!」
 笑顔で声を張り上げた。
 その言葉を聞いた、僕の前に殺到していた村人達は、一瞬固まった。

 そして……さらに次の瞬間、村人達から怒号のような歓声が沸き起こった。

「クマ様最高!」
「無料だなんて……なんて素晴らしいお方なのじゃ!」
「クマ様ありがとうございますぅ!」

 皆さん、僕にお礼を言いながら、魔獣に向かって一斉に手を伸ばし始め。

「く、クマ殿!? ほ、本当によいのかの?」

 その光景を見つめながら、アワアワしているシャルロッタ。
 ……なんだろう、その仕草まですごく可愛く思えてしまう……なんというか、癒やされるなぁ

「えぇ、全然かまいません……あ、でも、1つだけお願いが……」

 僕はそう言うと、シャルロッタの耳元に口を寄せた。

「一晩中狩りをしていて、お腹がペコペコなんです……なるはやで朝ご飯をお願い出来たら……」

 僕の言葉を聞いたシャルロッタは、にっこり微笑むと、

「うむ! わかったのじゃ! まかせておけ!」

 ドンと胸を叩いた。
 その笑顔に、また癒やされている僕だった。

* * *

 いやぁ……ホントにすごかったです。
 
 あの後、僕の前にはすごい数の、と、いうか、この村のほぼ全員の人々が集まってきたんです。
 そんな皆さんに、僕は魔獣を配布していきました。

 僕が最初に口にした「一人1匹」だと、村の皆さんに行き渡らないため
「一世帯一匹じゃ。子供のおる家を優先じゃぞ。独り者は足1本で我慢するのじゃ」
 シャルロッタが、そんな感じで配布のルールを即席で決めてくれて、同時に自分の剣で魔獣をさばいていってくれた。
 そのおかげで、結構な数の皆さんに魔獣のお肉を配布することが出来たんだ。

 聞けば、

「この村で、こんなに肉が出回ることなど滅多にないことなのじゃ」

 そう、シャルロッタが教えてくれた。

 たまに旅の商人達が肉を売りにきたりしていたそうなんだけど、この村は総じてお金を持っていない人が多いため、商人達が提示した額ではあまり肉が買えなかったそうで……そのため「この村では儲けにならない」とばかりに、最近では商人達もほとんどやってこなくなっているらしい。

 シャルロッタが騎士達と一緒に、時々森に狩りに行っているそうなんだけど、
「妾達では、1日に数匹仕留めることが出来ればよいほうじゃ」
 そう言っていた次第なんだ。

 そんな貴重な肉を、昨日の宴会では僕のために振る舞ってくれていたんだな……
 そのことに思い当たった僕は、なんだか胸が熱くなるのを感じていた。

 そんな僕の足下に、小さな子供達が駆け寄ってきた。
「クマ様、ありがとうございます」
「お肉、とってもうれしいです」
 姉弟らしいその2人は、僕に向かって深々と頭を下げてくれた。
 僕は、そんな2人の頭を撫でながら、
「また取ってきてあげるから、いっぱい食べるんだよ」
 そう言いました。
 その言葉に、2人は嬉しそうに笑顔を浮かべていました。

 ……こんな僕でも、こうしてみんなに喜んでもらうことが出来たんだ……

 僕は、笑顔を浮かべながらそんなことを思い浮かべていたんだけど

 ぐう……

 その途端に、壮絶な空腹音が僕のお腹から発生していった。
 魔獣を配布するのに夢中になってすっかり忘れていたんだけど……どうやら僕のお腹は空腹過ぎてそろそろ限界のようでした。

 お腹の音と共に、僕はその場にへたり込んでしまった。

 ……なんというか、最後がしまならないのが僕らしいなぁ……

 僕はそんなことを考えながら苦笑していた。