「月瀬! 何してるの!?」

「一度やってみたかったんだよね。誰もいないプールに飛び込むの」


 濡れた髪を上げる仕草、シャツが透けて露わになった身体つき。「水も滴るいい男」という言葉が瞬時に浮かぶほど妖美なその姿は、一瞬すべてのことを忘れさせてくれた。

 見惚れるとはたぶんこのことで、彼に時間を奪われたのはこれで二度目だ。


「やってみたかったって……」

「吉葉も泳ぎたいって言ってたよね。おいでよ」


 月瀬が手を伸ばす。

 泳ぎたいと言ったのは昔のわたしで、今の私は言っていないのだけれど。……ふぅ。小さく息をこぼして。私はその手に掴まった。

 制服のままプールに飛び込めば、肌と服の間の摩擦が消え、ふんわり浮遊するような感覚に襲われる。

 慣れ親しんだプールの水。なのに、全然知らない感覚。夜だから? 水着じゃないから? 少しだけ牙を孕んでいる。

 私は、月瀬にしがみついた。月瀬は私の腰辺りに手を回す。

 やっぱり私はここに存在している。ちゃんと水の感触も温度もわかる。月瀬の体温も感じる。


「ねぇ、月瀬。私、温かい?」

「うん。温かいよ」


 なんで夏野は、あの日のわたしは、私に気づかなかったんだろう。やっぱり後悔はやり直せないから? なら、なんで月瀬には見えているの?

 答えに導けない疑問ばかりが巡って、考えるのをやめた。