「吉葉、だけど」
「……吉葉はさっき出ていったはずだけど」
「私のこと見えているの?」
「なにそれ。あんた幽霊?」
表情を変えず淡泊な言葉だけが返ってくる。
幽霊? そうなのかな。私、意識を失って死んだのかな。それか、今、魂が彷徨っている最中とか。
「そうかもしれない」
私が答えると、月瀬はおもむろに立ち上がって私の前に立った。夏野より低い、それでも私の視線が上を向くくらいの身長。
女性を思わす綺麗な手が、私の頬を撫でた。
「触れる」
「……本当だ。じゃあ、幽霊じゃないのかな」
夏野には姿すら映らなかったのに、月瀬には見えている。声も届くし、温度も感じる。ひんやり冷たいけど体温があって。確かにそこに存在する。夢でも記憶でもない。じゃあこれはなんなのだろう。
というか、あの夏の日。月瀬もプールにいたのか。夏野と二人きりだとばかり思っていた。
月瀬は手を離してスタート台に座った。
「何か意味があるの?」
「ん?」
「今日、この日に吉葉がいる理由」
「今日って何日?」
「八月十七日」
やっぱり。それなら、意味は一つしかない。卒業式まで引っ張った後悔の始まりの日。