まぶたを持ち上げる。薄っすらと視界が開けてきて、


「吉葉!」


 夏野の顔が映った。

 白い景色。薬の匂い。柔らかいものに包まれて、ここが保健室だとわかった。

 あの頃から少し髪が伸びた夏野はブレザーを着ていて、左胸ポケットには花がついている。卒業を祝う花。

 ……戻ってきた。


「大丈夫?」

「いきなり倒れたからビックリしたよ」


 夏野の他に、狭山さんやクラスの女子たちもいて、みんなの心配がその表情から伝わってくる。

 どのくらい意識を失っていたのだろう……? 気のせいか、身体が少し軽くなっている。

 上半身を起こすとそれをより感じられたけど、それよりも。


「月瀬は?」


 周囲を見回して、彼の姿がないのに一抹の不安を覚える。


「月瀬ならそこに」


 そう言って夏野が振り向いた先に、壁際の椅子に座って視線を下げる男子がいた。ゆっくり顔を上げた彼──月瀬と視線がぶつかる。

 みんなに見守られる中、月瀬が口にしたのは、


「おかえり」


 約束の言葉だった。

 ……ああ、やっぱりそうだったのか。あれは夢でも記憶でもない。

 タイムスリップとも少し違う気がするけど、あの夏、私は確かにあそこにいたのだ。それを月瀬だけが憶えていた。違うな。私が待たせてしまった。

 途端にこみ上げるものがなんなのかわからない。

「憶えていてくれて、ありがとう」
「待たせてしまって、ごめんね」

 いくらでも言葉が出そうだから。それらを一つにまとめて、


「ただいま」


 私はそう答えた。月瀬はやっぱり、笑顔とは呼べない笑みを見せた。