「土岐さん、いいの?単年度契約にして」
土岐には福原がわざわざトイレにまで話に来た理由が分らない。土岐が黙っていると、
「単年度契約ということは、いつでも首を切れるようにするということよ」
と福原は目を吊り上げる。
「ぼくは、口約束ですけど、もともと単年度契約みたいなものなので」
と土岐が答えると、福原は失望したようだった。
「でも、正式に単年度契約を結んだら、一年で解雇されても、文句は言えなくなるのよ」
と不平そうに口を尖らせる福原を廊下に残して、土岐は事務所に戻った。四時近くになると、専務理事が、大木の巣穴から外界をうかがうリスかキツツキのように理事長室のドアから首だけ出して、福原にハイヤーの呼び出しを依頼した。
「すいませ~ん、四時にお願いします」
とレストランでウエイトレスに注文するような口調で言う。それから、新聞を畳んだり、机の上の書類を整理したりする帰り支度のかろやかな物音が、理事長室から聞こえてきた。四時ちょうどになると、
「それじゃ、お先に」
と土岐の背中越しに嬉しそうな声を掛けて、軽量の専務理事が事務室を出て行った。
(上司に対して会釈ぐらいしたほうがいいかもしれない)
と土岐は思ったが、その気になれない。いつものように割り切れない思いがする。会釈もできない自分の幼児性に対する嫌悪感と、会釈に値しないと思わせる専務理事に対する嫌悪感が入り混じっていた。
専務理事は十時過ぎにやって来て、正午すぎから二時ごろまで昼食をとり、そして四時に退席する。仕事らしい仕事は何もしない。
「これで年俸二千万円だ」
と苦々しい面持ちの金井の嘆息を土岐は聞いたことがある。送迎のハイヤー代、理事長室で読む新聞雑誌代、部屋代の按分、東南アジアの経済社会文化交流と称して、年二回、ファースト・クラスで飛び、大使館めぐりをして、五つ星ホテルに逗留する旅費、関係者を呼んで現地のホテルや東亜サロンで行う接待費、それらを総計すると五千万円程度になるらしい。専務理事関係の経費で、補助金の半分程度が消える。
土岐には福原がわざわざトイレにまで話に来た理由が分らない。土岐が黙っていると、
「単年度契約ということは、いつでも首を切れるようにするということよ」
と福原は目を吊り上げる。
「ぼくは、口約束ですけど、もともと単年度契約みたいなものなので」
と土岐が答えると、福原は失望したようだった。
「でも、正式に単年度契約を結んだら、一年で解雇されても、文句は言えなくなるのよ」
と不平そうに口を尖らせる福原を廊下に残して、土岐は事務所に戻った。四時近くになると、専務理事が、大木の巣穴から外界をうかがうリスかキツツキのように理事長室のドアから首だけ出して、福原にハイヤーの呼び出しを依頼した。
「すいませ~ん、四時にお願いします」
とレストランでウエイトレスに注文するような口調で言う。それから、新聞を畳んだり、机の上の書類を整理したりする帰り支度のかろやかな物音が、理事長室から聞こえてきた。四時ちょうどになると、
「それじゃ、お先に」
と土岐の背中越しに嬉しそうな声を掛けて、軽量の専務理事が事務室を出て行った。
(上司に対して会釈ぐらいしたほうがいいかもしれない)
と土岐は思ったが、その気になれない。いつものように割り切れない思いがする。会釈もできない自分の幼児性に対する嫌悪感と、会釈に値しないと思わせる専務理事に対する嫌悪感が入り混じっていた。
専務理事は十時過ぎにやって来て、正午すぎから二時ごろまで昼食をとり、そして四時に退席する。仕事らしい仕事は何もしない。
「これで年俸二千万円だ」
と苦々しい面持ちの金井の嘆息を土岐は聞いたことがある。送迎のハイヤー代、理事長室で読む新聞雑誌代、部屋代の按分、東南アジアの経済社会文化交流と称して、年二回、ファースト・クラスで飛び、大使館めぐりをして、五つ星ホテルに逗留する旅費、関係者を呼んで現地のホテルや東亜サロンで行う接待費、それらを総計すると五千万円程度になるらしい。専務理事関係の経費で、補助金の半分程度が消える。