フィジビリティスタディ

 バンコクまでの上空数千メートルの飛行で、ときどき乱気流に巻き込まれ、機体が激しく揺れたときは、墜落の恐怖に駆られた。しかし、土岐以外の旅慣れた乗客は、なにごともないかのように、雑誌を読んだり、イヤホンで音楽を聴いたり、上映されている映画を鑑賞していた。そういう人々の落ち着きを見て、こうした土岐にとっての初体験の揺曳が、よくあることらしいと推察できた。
 機内食のコンパクトさは新鮮だった。飲み物や新聞・雑誌のおかわりも、他の乗客が要求しているのを確認して真似た。
 バンコクに着陸するときも、叩き落とされるような経験のない衝撃を受けたが、逆噴射の騒音にも悲鳴を上げる乗客は一人もいなかった。海外旅行が初めてというのは土岐一人のような印象を受けた。
 その飛行機を降りてから、乗り継ぎをする人々のあとについて、トランジットの待合室にたどり着いた。伝染病の保菌者のように、タイへの入国を拒否されて隔離されているような不安な心持で、トイレに行ったり、離発着の予定表を電光掲示板で確認したりしながら、搭乗のアナウンスを待った。
 長時間待たされた。アナウンスはひっきりなしに流されていたが、ほとんど聞き取れなかった。英語のヒアリングは中学校時代から、あらゆる教科の中でもっとも不得意だった。時間が経過するにつれて、取り残されるのではないかという不安に駆られた。やがて、成田から同乗して来た人々が、椅子から立ち上がって動き出した。土岐は、訳も分からずに、ショルダーバックを肩に掛け、彼らに付き従った。搭乗口で、愛想笑いをつくると、乗務員の笑顔が返ってきた。土岐は一言も話すことなく、目的地までの飛行機に搭乗することができた。
 飛行機はバンコクのねっとりとした夕闇の滑走路を轟音と共に疾駆し、再び上空に舞い上がった。飛行機が一回り小さくなっていた。成田を離陸したときに感じた驚きは失せていた。飛行機は漆黒の闇の中をひたすら飛び続けた。昼間は喧しく感じたジェットエンジンの騒音も、それほど気にならなくなっていた。