成田空港からの出発は、砂田からのブリーフィングがあってから最初の日曜日のことだった。生まれて初めての海外旅行だった。それも支度金と日給と渡航費を受取って行くという夢のような話しだった。おまけに研究業績にもなるかも知れない。なんとなく、自分の人生にも運が向いてきたような気がした。大学のゼミの同期の中には、すでに海外駐在している者や社内研修で国外留学している者もいる。これまでは、ただ羨ましく遠くから垂涎のまなざしで眺めていたが、やっと自分にも順番がまわってきという思いが強かった。その上、あれほど求職活動で難渋を極めていたのに、新設学科の専任教員として文部科学省の審査を受ける段階にあるし、東亜クラブの金井からは来年度の給与方式についての打診もあったし、扶桑総合研究所の鈴村からはODAがらみの財務分析についてACI経由で継続的な仕事のオファーを匂わせる話もあった。どの話でもいいから、実現したときに母に伝え、それを聞いた母の喜ぶ顔を見るのが楽しみだった。それに、大学教員の職に就いても、扶桑総合研究所の所員になっても、これまで大学4年間と大学院5年の間、受けて来た一千万円近くの奨学金も免除になる。
扶桑総合研究所で手配した安いチケットは成田からの直行便ではないので、バンコク経由で、まる1日がかりで現地入りする予定だった。
勝手が分からないので、そわそわした気分のまま出発2時間前の午前中に成田空港に着き、出発ロビーをうろうろして、チェックインのアナウンスをカウンターで確認して、出国審査を受けた。一挙手一投足をまわりの旅慣れていそうな人々の行動を真似て、不安な心持のまま夢見心地で飛行機に搭乗した。まごまごしている間に機内の頭上の収納棚がいっぱいになり、機内持ち込みの手荷物のショルダーバックは座席の下に置くことになった。離陸時は重い機体が猛スピードで走る騒音と座席に伝わってくる激しい振動に驚いた。そのとてつもなく重そうな機体が、振動が消えると同時に、ふわりと空中に浮きあがるのが不思議だった。
座席は客室中ほどのエコノミークラスで、窓から眼下を見ることはできなかったが、空港上空で旋回するときに機体がかなり傾いて、下がった銀色の翼の脇の遠くの丸い小窓から、首都の埃にまみれたIC基盤のような町並みが垣間見えた。
扶桑総合研究所で手配した安いチケットは成田からの直行便ではないので、バンコク経由で、まる1日がかりで現地入りする予定だった。
勝手が分からないので、そわそわした気分のまま出発2時間前の午前中に成田空港に着き、出発ロビーをうろうろして、チェックインのアナウンスをカウンターで確認して、出国審査を受けた。一挙手一投足をまわりの旅慣れていそうな人々の行動を真似て、不安な心持のまま夢見心地で飛行機に搭乗した。まごまごしている間に機内の頭上の収納棚がいっぱいになり、機内持ち込みの手荷物のショルダーバックは座席の下に置くことになった。離陸時は重い機体が猛スピードで走る騒音と座席に伝わってくる激しい振動に驚いた。そのとてつもなく重そうな機体が、振動が消えると同時に、ふわりと空中に浮きあがるのが不思議だった。
座席は客室中ほどのエコノミークラスで、窓から眼下を見ることはできなかったが、空港上空で旋回するときに機体がかなり傾いて、下がった銀色の翼の脇の遠くの丸い小窓から、首都の埃にまみれたIC基盤のような町並みが垣間見えた。


