国公立大学はすべて不合格となり、滑り止めで合格した私立大学で学んだ国際経済学では、比較優位を失った産業の労働や資本などの生産要素はすみやかに比較優位のある産業に移動して行くことになっていた。その結果、生産要素は常に比較優位のある効率的な産業で雇用されることになり、そうした効率的な生産が世界的に行われることによって、世界中の人々が世界で最も生産効率の高い国で生産された商品をもっとも安価に手にいれることができるので、自由貿易がもっともすぐれた国際経済体制であることを主張する。しかし、モノである資本はともかく、生身の労働は容易には移動できない。とくに中卒の父と母には比較優位のある産業へ転職して行くだけの才覚はなかった。公共事業が予算削減の対象となることは理解していても、その業界から転出できないでいる土建業者のように、父も母も繊維産業が衰退して行くことは分かってはいても、その業界にすがりつくほかに生活の手立てがなかった。その頃、最大手の発注元の工業用ミシン糸の卸売業者のA社から、父の工業用ミシン糸の加工工場を、
「自社の専属工場にしたい」
「自社の専属工場にしたい」


