「実は先ほど、扶桑総合研究所の鈴村さんと砂田さんという方が見えまして、この契約書を置いて行きました。
『今日中に決済をいただきたい』
と言うので、当事者の土岐君の方から内容を簡単に説明してもらいます」
と金井が土岐に説明を求めた。先刻の扶桑総合研究所の財務理事の鈴木からの電話がまだ心中にわだかまっていて、最初から説明する心構えがなかったので、すこしどもりぎみになった。
「そ、その契約書は、調査研究の依嘱という趣旨になっていますが、実質はわたしをアルバイトのような形で使いたいということです。具体的にはそこにありますように、一日三万円でわたしの労働を扶桑総合研究所の調査研究業務に提供して欲しいということです」
 萩本は契約書をパラパラとめくり、つまらなそうな表情を土岐に向けてきた。
「それで、あなたは応じてもいいの?」
「わたしは、東亜クラブの一員ですから、上司の業務命令に従います。仕事自体はわたしの専門なので、先方の要望には十分応えられると思います」
「あっそう。それで金井さん、当クラブに利益はあるの?」
と聞かれて、金井はかしこまるようにソファーに座りなおした。
「土岐君の人件費はわがクラブでは一日あたり1万円足らずですから、粗利で一日二万円程度になろうかと思います」
「粗利があるんだったら、いいんじゃないの」
と言いながら、萩本は分厚いガラステーブルの上に契約書を投げ置いた。契約書がガラステーブルの上をすべり落ちそうになって、あわてて金井がすくい上げた。
「それで、理事長は夕方ちょっと顔を出す予定なので、そのとき、署名と捺印をお願いしようかと思うんですが・・・」
と金井は忠実な部下を演じる。理事長や専務理事を相手にするときは、両手を体の前で組んだり、手のひらをこすりあわせて手垢をまるめるのが金井の癖だった。陰ではいつも専務理事の萩本を侮蔑するようなことしか言わないが、本人の面前ではそういう言動はおくびにも出さない。
「分かりました。用件はそれだけ?」
と萩本は、無愛想に言う。
(用が済んだらさっさと出て行け)
と言いたげだ。
「はい」
と金井がかしこまると、萩本は右手を差し出して、契約書を受取り、のけぞるようにして理事長の机の上に置いた。金井は中腰になってもう一部をその上に重ねた。
「それでは、失礼します」
と金井がソファーから離れたので土岐も立ち上がった。