と鈴村が立ちあがり、会釈した。土岐は砂田と一緒にエレベーターホールまで見送りに行った。鈴村を見送って、エレベーターホールを背にしたとき、専務理事が背後のエレベーターから出てきたのが目の隅に入ったが、気付かない振りをした。土岐は、とっさに砂田を紹介しないのはまずいと思ったが、専務理事の方も気付かないふりをしてそそくさと事務室にはいって行った。専務理事にいちいち挨拶するのは土岐には億劫だった。土岐は、事務室の隣のサロンの自動ドアに砂田を導いた。
「おいそがしいところ・・・」
と砂田が言う。砂田には無愛想という印象しかなかったので、土岐は意外な感じを受けた。
 サロンは霞が関方面に面している。天井まで広がる巨大なガラス窓から、ビル群が眼下に見渡せ、ビルの間に皇居の緑がクレソンのように垣間見える。同じサイズの方形の茶褐色のテーブルが9卓あり、いずれも窓際に配置されている。砂田は厨房に一番近いテーブルに腰かけた。しばらくして、福原が新しいコーヒーを入れて持ってきた。
「ここでよろしいんですか?あちらの方が眺めはいいと思いますが」
と福原が愛想笑いで砂田に提案すると、砂田は事務的に、
「事務的な話をするだけですから」
と答えた。福原が去ると、砂田は声をひそめた。
「仕事のことは、鈴村さんから聞いたと思うけど・・・」
「ええ、きのう」
「じつは、あれは、表の仕事で、あんたに頼みたいのは、これから話す裏の仕事とワンセットなんだ」
「裏の仕事といいますと・・・」
「まあ、べつに・・・それほど、無理な仕事でもないが、絶対に断って欲しくないんだ」
 土岐は即答できない。
「話も聞かないで、断るなと言うのも、無理な話かもしれないが、・・・どうだろう」
と言われても、土岐はとまどうばかりだ。
「まあ、話を聞けば、無理な仕事でないというのは理解できるだろうと思うので、担当者から直接、あんたに説明してもらうから・・・」
と言いながら、砂田はスーツのポケットから携帯電話を取り出し、ぎこちなく、登録番号の検索を始めた。つながったようだった。
「あ、砂田です。例の件、依頼する人が見つかりました。土岐君といいます。いま、本人と代わってよろしいですか?」
と砂田は数年前に売り出された旧式の携帯電話を土岐の目の前に差し出した。土岐はそれを受け取り、受話口を確認して耳にあてた。