話し終えて、このビルの地下のレストラン・ロータスで夕食をご馳走になることを鈴村に期待したが、いつものように調査報告書の原稿の締め切りに追われているようだった。彼はすまなそうな表情を残し、サンダル履きのまま、だぶついたズボンをずりあげて自分の机に戻って行った。戻り際、彼はこんなことを言った。
「この仕事を請けたのは、君も知っている砂田君だが、・・・自分の手に負えなくなってね。・・・これでみそをつけたから、彼の取締役昇進はすこし遠のいたかな。うちの社長と同じ国立大学出身なんだけどね・・・」
 帰り際に受付の前で先刻の女子事務員とすれ違った。お盆にお茶を乗せていたが、
「あっ、もうお帰りですか」
と愛想なく、目を丸くして小声を発しただけだった。彼女の白いブラウスの袖口からほつれた短い白い糸がのぞいていた。

二 裏契約

 翌朝、土岐は九時に事務所に着くなり、すでに自席にいた金井に挨拶もせずに声を掛けた。
「あのう、ちょっと、ご相談があるんですが」
「あ、そう。・・・なあに・・・昨日の件かな?」
と言って日本経済新聞に落としていた目を傍らに立っている土岐の顔に向けた。なんとなく面食らっているように見えた。土岐が口ごもって躊躇していると、込み入った話であることを察したのか、傍らの応接セットに場を移すよう促した。対面してソファーに腰掛けると彼の方から聞いてきた。
「で、・・・どんな話?昨日の件じゃないの?」
とすこし身構えるように眉根を寄せ、警戒しているような表情を作る。土岐はすこし口元をゆるめ、自分の表情を和らげて話し出した。
「ええ、そうなんですけど、・・・実は、大学のゼミの先輩で、扶桑総合研究所の産業経済部長をしている鈴村さんという人がいるんですが、その人からきのう話がありまして・・・」
と一息つくと金井は揉み手をしながら、深く掛けていた腰をすこし前にすり出した。
「それで?」