と事務員が電卓に目を落としたままで聞いてくる。褐色のうなじに水着の紐の白い痕がのぞいていた。
「土岐明といいます」
と告げながら、そこで初めて、彼女と目線を合わせた。両頬に垂れていた黒褐色の髪が白いブラウスからのぞいている鎖骨のくぼみに流れ落ちていた。
「少々お待ちください」
と言いながら、内線の受話器を取り上げる。額に垂れた前髪を耳に挟むように掻き揚げる。
「鈴村さん、ご面会の方です。ときさんという方です・・・はい、3番ですね」
と言ってすぐに受話器を置く。それから椅子のキャスターを軋ませて立ち上がった。
「こちらへどうぞ」
と立ち上がるとかなりの長身だった。歩きながら手にしていたボールペンをブラウスのフラップポケットに挟む。導かれるままに受付の右奥の応接室に入った。ドアに3という数字がステッカーのように貼り付けてあった。
「いますぐ、お茶をお持ちします」
と言い残して、木目パネルのドアを閉めた。
 部屋は八畳ほどの広さで、応接の三点セットが中央にしつらえてあった。エアコンが効いていた。三人掛けの赤茶色のソファーに腰を下ろし、手にしていた上着に腕を通した。深く腰掛けると腰がすこし前にすべる。ビニール革のようだった。ガラステーブルの上には何もない。禁煙らしい。しばらくして、ドアが開き、
「やあ、どうもどうも」
と言いながら、巨漢の鈴村が入室して来た。ドアを後ろ手で閉め、右手に折りたたみの扇子とブルーのフェイスタオルを握り締めている。
「暑いね」
とひと言ついて、腰を下ろしながらフェイスタオルで盛り上がった首の後ろを幾度も拭った。
「どうも、ご無沙汰してます。去年のゼミのOB会以来ですね」
と土岐が言う言葉に反応して、一瞬、鈴村は記憶の糸を手繰るように目線を宙に浮かせた。
「そうかな・・・そうだね。・・・あれから、岩槻先生にあってる?」
 眼が福笑いの目のように笑っている。
「先月、学会の関東部会の研究会でお会いしただけです」
「そう・・・どう・・・お元気そう?」
「ええ。相変わらず飄々としてお元気です」
「・・・矍鑠として・・・じゃないの?」
「まあ、そうです」
 鈴村からはちきれそうな笑顔が絶えない。
(意味もなく愛想のいい男)
というのが、岩槻の鈴村評だった。
「ところで、お呼び立てしたのは・・・」