アイキルユウ

「いえ、簡単な言葉だけ教えたんです。本人も勉強したいと言うし、仕事は暇だし」
と長谷川はしらじらしい嘘をつく。
「存じ上げなかったわ。ゴンゲイ、なんていう名前だったかしら?」
と慶子は嘘を見抜いた上で、言葉を繋ぐ。何の動揺も、嫉妬の素振りも見られない。感情を露にしない慶子に年齢以上の大人を感じる。
「ゴンゲイガウ」
「変な名前ね」
とフレアスカートの裾を右の手の指先で軽くつまみ上げる。股間にゆるやかな風を送り込んでいる。その仕草が土岐の脳下垂体をオートマチックに刺激する。
「彼女も、われわれの名前を変だと思っているかも知れませんね」
「それも、そうね」
と慶子はつまらなそう。批判されたと感じたらしい。こういう高慢さは慶子に興醒めさせる。しかし逆に、抱きしめるときは強烈な征服感に満たされ、異様な興奮に駆られるかも知れない。
 国道沿いのオオギバショウ越しに白亜のリゾートホテルが散見された。海岸で紅毛の白人がビーチパラソルを閉じて日光浴していた。スーラの点描のような海は穏やかな蒼い波に包まれている。波頭が不揃いなスパンコールのように輝いていた。
 やがて国道を走る乗用車が見られなくなった。時折ボンネットバスや耐用年数をはるかに超えたトラックが白茶けた土埃を巻き上げてのどかに走っていた。海岸線にも建造物は見当たらなくなった。線路脇の濃い緑の雑草、人影のない白浜、蒼い海原、きらめく波頭が車窓を単調に流れた。線路のつなぎ目を越えるたびに、列車はゴトンゴトンと眠気を誘う単調な響きを奏でる。
「私の父の会社が倒産したことを主人から聞きました?」
と慶子が長い沈黙の後、唐突に話し出した。長谷川は、
「いいえ」
と答えたものの、そのあと何を言っていいのか分らない。
 慶子の横顔をこっそりと盗み見る。涼やかな目元が伏せられている。下向きの長い睫毛が瞬かれていた。
「正確に言うと不渡り手形で会社が倒産したのではなくて社長個人の名義で借りていたお金が返せなくなったの。自営業みたいな会社だったから、会社も個人もおなじお財布。銀行には会社の融通資金だと言っていたみたいだけれど、全て、選挙のときの買収資金」
「お父様は地方政治家ということは、耳に入れたことがあります」