と言いたげな恨めしそうな表情はこわばったままだ。
軽い衝撃と共に列車が突き動かされるようにゆっくりと走り出す。土岐は斜め後ろの慶子を確認しながら元の座席に戻った。
窓外で少女がピボットターンする。飛ぶように柵の外の中年女の方に駆けて行く。
土岐は息苦しさから解かれた。滞っていた血の流れが再び動き始める。息継ぎをして眼を閉じると血栓が溶ける。こめかみの脈動と心臓の鼓動が感じられた。
「ところで、ヒジノローマには何しに行くんですか?」
と予想はついているような口調で長谷川が慶子に聞いている。
「あなたと一緒にいたいだけ。列車に乗ったこともないし。なんかわくわくするわ」
容貌は年相応に大人びている。言うこととすることが子供じみている。そうした慶子のアンバランスが土岐の気に障る。
列車は十マイルほどの速さでそろそろと駅をあとにした。
駅のすぐ近くに踏み切りがあった。短い遮断機の背後に屯していた手ぶらの人々が一斉に線路内に侵入する。列車と並走し始めた。リレー競技でバトンを受け取るようにデッキの手摺に手を掛ける。十人、二十人と力強く平然と列車に乗り込んできた。
土岐が窓から首をだして見る。それぞれのデッキで五六人の若者が手摺にしがみついていた。縮れた頭髪が風に靡いている。
次の駅に近付く。速度が落ちる。彼らは次々と軽快に飛び降りて行った。
その駅を出る。暫くすると符牒を合わせたように車掌が検札に回ってきた。開襟シャツもズボンも平服。車掌とわかるのは草臥れた制帽と擦り切れた集金鞄だけだ。
その間、列車は国道と海岸線の間を南下していた。
突然、長谷川の携帯電話からメール受信音が流れた。
「あらチャイコのピアノコンチェルトね」
と慶子が携帯電話の液晶画面を覗き込んでいる。
「変なメールね。件名だけで、@昨夜はごめんね@って、どういう意味?本文がないのね」
長谷川がほっとしているような溜息が聞こえる。
「発信者の@ねこ@って誰?」
背中越しに慶子の少し棘のある声を聞きながら、@ねこ@は優子ではないかと土岐は推察した。
「@ねこ@ってどなた?」
と慶子がしつこく聞く。
「事務所の家政婦です」
という嘘のようなセリフが長谷川の口から滑らかに出てきた。
「まさか、あの人、日本語はできないでしょ?」
軽い衝撃と共に列車が突き動かされるようにゆっくりと走り出す。土岐は斜め後ろの慶子を確認しながら元の座席に戻った。
窓外で少女がピボットターンする。飛ぶように柵の外の中年女の方に駆けて行く。
土岐は息苦しさから解かれた。滞っていた血の流れが再び動き始める。息継ぎをして眼を閉じると血栓が溶ける。こめかみの脈動と心臓の鼓動が感じられた。
「ところで、ヒジノローマには何しに行くんですか?」
と予想はついているような口調で長谷川が慶子に聞いている。
「あなたと一緒にいたいだけ。列車に乗ったこともないし。なんかわくわくするわ」
容貌は年相応に大人びている。言うこととすることが子供じみている。そうした慶子のアンバランスが土岐の気に障る。
列車は十マイルほどの速さでそろそろと駅をあとにした。
駅のすぐ近くに踏み切りがあった。短い遮断機の背後に屯していた手ぶらの人々が一斉に線路内に侵入する。列車と並走し始めた。リレー競技でバトンを受け取るようにデッキの手摺に手を掛ける。十人、二十人と力強く平然と列車に乗り込んできた。
土岐が窓から首をだして見る。それぞれのデッキで五六人の若者が手摺にしがみついていた。縮れた頭髪が風に靡いている。
次の駅に近付く。速度が落ちる。彼らは次々と軽快に飛び降りて行った。
その駅を出る。暫くすると符牒を合わせたように車掌が検札に回ってきた。開襟シャツもズボンも平服。車掌とわかるのは草臥れた制帽と擦り切れた集金鞄だけだ。
その間、列車は国道と海岸線の間を南下していた。
突然、長谷川の携帯電話からメール受信音が流れた。
「あらチャイコのピアノコンチェルトね」
と慶子が携帯電話の液晶画面を覗き込んでいる。
「変なメールね。件名だけで、@昨夜はごめんね@って、どういう意味?本文がないのね」
長谷川がほっとしているような溜息が聞こえる。
「発信者の@ねこ@って誰?」
背中越しに慶子の少し棘のある声を聞きながら、@ねこ@は優子ではないかと土岐は推察した。
「@ねこ@ってどなた?」
と慶子がしつこく聞く。
「事務所の家政婦です」
という嘘のようなセリフが長谷川の口から滑らかに出てきた。
「まさか、あの人、日本語はできないでしょ?」


