長谷川の腕が窓外で、その少年を追いやろうとしている。
そのとき、一瞬少年の目の前を銀貨がきらめきながら通り過ぎる。高く乾いた音をたる。窓の外に落ちて転がって行った。
慶子の指先が投げ終わった状態で優雅に窓外で宙に浮いていた。
「見たくない者に消えてもらうためにはお代を払わなきゃ駄目よ」と慶子は小突くように二の腕を柔らかく長谷川に押し付けている。
プラットフォームに人影はなくなっていた。
駅舎の壁の掛時計は九時十分を少しまわっていた。
小学校の遠足に行くような気分がこみ上げてきた。
土岐の背後から長谷川の声が聞こえてきた。
「いまね、不意に旦那の言説と前任者の言辞を思い出した。旦那はきっぱりと『私もヒューマニストではないが私はカネをめぐむ』と言い放っていた。前任者は真面目な面持ちで諄々と私を諭すように『女を買うことでこの国にカネを落とすことは民間レベルでの、個人レベルでの経済援助の一環だ。わたしが夜な夜な女を買っているのはただ好きだからというだけではないんだ。こうして落としたカネが巡り巡ってわが社の売り上げに貢献する。カネは天下の回り物。ケチっちゃいけないよ』と繰り返し言ってた」
と長谷川は間を取って、
「この国ではどこに行ってもベガ―に出くわす。そのたびに離婚直後、母と二人で暮らしていた6畳一間のアパート生活を思い出す。ひと月の間ご飯と塩だけで食事を済ませたこともあった。食用油で炒めただけのご飯でも御馳走に思えた。父は常々『おれは自分自身のためにだけ生きる』と標榜してた。自分の稼いだカネはすべて酒と女とギャンブルにつぎ込んだ。離婚しても慰謝料も息子の養育費も一銭も払わなかった。母子家庭の生活を誰も助けてくれなかった。中学の担任教諭も話を聞いてくれただけで何もしてくれなかった。今になってみれば担任も話を聞くのが精一杯だったろう。幼さゆえに何もしてくれない担任や世間を恨み続けた」
少年の缶の脇を慶子が投じたコインの落ちて行く情景がスローモーションで幾度も土岐の脳裏に描かれた。脳裏の中の少年は無言のままストップモーションで立ち去ってゆく。
土岐のズボンのポケットの中には小銭があった。太腿の辺りにコインの膨らみとわずかな重みが腫れ物のように感じられていた。
発車のブザーが幕切れを告げるように唐突に鳴り響いた。少年の「あなたからも欲しい」
そのとき、一瞬少年の目の前を銀貨がきらめきながら通り過ぎる。高く乾いた音をたる。窓の外に落ちて転がって行った。
慶子の指先が投げ終わった状態で優雅に窓外で宙に浮いていた。
「見たくない者に消えてもらうためにはお代を払わなきゃ駄目よ」と慶子は小突くように二の腕を柔らかく長谷川に押し付けている。
プラットフォームに人影はなくなっていた。
駅舎の壁の掛時計は九時十分を少しまわっていた。
小学校の遠足に行くような気分がこみ上げてきた。
土岐の背後から長谷川の声が聞こえてきた。
「いまね、不意に旦那の言説と前任者の言辞を思い出した。旦那はきっぱりと『私もヒューマニストではないが私はカネをめぐむ』と言い放っていた。前任者は真面目な面持ちで諄々と私を諭すように『女を買うことでこの国にカネを落とすことは民間レベルでの、個人レベルでの経済援助の一環だ。わたしが夜な夜な女を買っているのはただ好きだからというだけではないんだ。こうして落としたカネが巡り巡ってわが社の売り上げに貢献する。カネは天下の回り物。ケチっちゃいけないよ』と繰り返し言ってた」
と長谷川は間を取って、
「この国ではどこに行ってもベガ―に出くわす。そのたびに離婚直後、母と二人で暮らしていた6畳一間のアパート生活を思い出す。ひと月の間ご飯と塩だけで食事を済ませたこともあった。食用油で炒めただけのご飯でも御馳走に思えた。父は常々『おれは自分自身のためにだけ生きる』と標榜してた。自分の稼いだカネはすべて酒と女とギャンブルにつぎ込んだ。離婚しても慰謝料も息子の養育費も一銭も払わなかった。母子家庭の生活を誰も助けてくれなかった。中学の担任教諭も話を聞いてくれただけで何もしてくれなかった。今になってみれば担任も話を聞くのが精一杯だったろう。幼さゆえに何もしてくれない担任や世間を恨み続けた」
少年の缶の脇を慶子が投じたコインの落ちて行く情景がスローモーションで幾度も土岐の脳裏に描かれた。脳裏の中の少年は無言のままストップモーションで立ち去ってゆく。
土岐のズボンのポケットの中には小銭があった。太腿の辺りにコインの膨らみとわずかな重みが腫れ物のように感じられていた。
発車のブザーが幕切れを告げるように唐突に鳴り響いた。少年の「あなたからも欲しい」


