「ありがとう。営業的でもそういう気遣いがうれしいわ。窓際はお日さまが当たるでしょ。紫外線はちょっとね」
慶子は帽子を取る。長い髪を白い指で梳る。むかい合っている前の座席に置いた。長く明るい黒髪が車内の空間に解き放たれた。
土岐は横を向きながら慶子の斜め後ろのボックスに席をとった。二人の会話が十分聞こえる距離だ。
慶子の右肩と右足が通路にはみ出ている。
前かがみになって、斜め後ろを見れば、慶子の横顔を見ることができた。
長谷川の頭頂部は半分ほど背もたれから突き出ていた。
慶子の頭髪も長谷川の髪の隣にすこし見えた。
三人のほかには、同じ車両には国防色の軍服を着た中年の男がひとり乗っているだけだった。
土岐が窓から顔をだす。セカンドクラスの方を見る。それぞれの昇降口に艶やかで浅黒い人々が五六人ずつ固まっていた。反対側のプラットフォームからも線路を越えて、大小さまざまな荷物を目一杯抱えた乗客が三々五々集まってきた。
プラットフォームと歩道を仕切る黒く焦がした枕木の柵を潜って、少女がひとりやって来た。柵の外には中年の女がひとり、少女を手の甲で追いやるようにしていた。少女は幾度も振り返る。立ち止まりと小走りを繰り返す。列車に近付いてくる。
改札口の駅員からその少女が見えているはずだが、咎めようとする様子がない。
少女は車窓の下までくる。ブリキの空き缶を無言のまま掲げた。缶の内側は茶褐色に錆びきっていた。外側の千切れたラベルに、かろうじて、〈ツナ〉の文字が見えた。
少女の瞳を見つめながら、
「あっちへ行け」
とばかりに隣のボックスの軍人の方へ顎をしゃくった。二度、三度、繰り返した。
少女は円らな瞳を瞬きもさせない。動く気配を見せなかった。
「なぜだ!なぜあっちに行かないんだ!消えろ!失せろ」
と土岐は口を閉じたまま言語中枢で叫んだ。
軍人の方を一瞥した。少女は身じろぎもしない。移動する気配はない。彼女の背後で柵の外の中年女が軽く会釈した。お辞儀をしているように見えた。眼下では煤けた額の下の丸い瞳とふっくらとした小さな頬が無表情のままぽつねんと静止していた。少女から逃れるように視線を逸らした。頬の辺りに彼女の鋭く射るような視線を感じた。
土岐は慶子の真後ろの席に移動した。窓の外を見る。先刻の少女と似たような風情の少年が、空き缶をもって佇んでいた。
慶子は帽子を取る。長い髪を白い指で梳る。むかい合っている前の座席に置いた。長く明るい黒髪が車内の空間に解き放たれた。
土岐は横を向きながら慶子の斜め後ろのボックスに席をとった。二人の会話が十分聞こえる距離だ。
慶子の右肩と右足が通路にはみ出ている。
前かがみになって、斜め後ろを見れば、慶子の横顔を見ることができた。
長谷川の頭頂部は半分ほど背もたれから突き出ていた。
慶子の頭髪も長谷川の髪の隣にすこし見えた。
三人のほかには、同じ車両には国防色の軍服を着た中年の男がひとり乗っているだけだった。
土岐が窓から顔をだす。セカンドクラスの方を見る。それぞれの昇降口に艶やかで浅黒い人々が五六人ずつ固まっていた。反対側のプラットフォームからも線路を越えて、大小さまざまな荷物を目一杯抱えた乗客が三々五々集まってきた。
プラットフォームと歩道を仕切る黒く焦がした枕木の柵を潜って、少女がひとりやって来た。柵の外には中年の女がひとり、少女を手の甲で追いやるようにしていた。少女は幾度も振り返る。立ち止まりと小走りを繰り返す。列車に近付いてくる。
改札口の駅員からその少女が見えているはずだが、咎めようとする様子がない。
少女は車窓の下までくる。ブリキの空き缶を無言のまま掲げた。缶の内側は茶褐色に錆びきっていた。外側の千切れたラベルに、かろうじて、〈ツナ〉の文字が見えた。
少女の瞳を見つめながら、
「あっちへ行け」
とばかりに隣のボックスの軍人の方へ顎をしゃくった。二度、三度、繰り返した。
少女は円らな瞳を瞬きもさせない。動く気配を見せなかった。
「なぜだ!なぜあっちに行かないんだ!消えろ!失せろ」
と土岐は口を閉じたまま言語中枢で叫んだ。
軍人の方を一瞥した。少女は身じろぎもしない。移動する気配はない。彼女の背後で柵の外の中年女が軽く会釈した。お辞儀をしているように見えた。眼下では煤けた額の下の丸い瞳とふっくらとした小さな頬が無表情のままぽつねんと静止していた。少女から逃れるように視線を逸らした。頬の辺りに彼女の鋭く射るような視線を感じた。
土岐は慶子の真後ろの席に移動した。窓の外を見る。先刻の少女と似たような風情の少年が、空き缶をもって佇んでいた。


