廃屋のような店先に新聞と薄い雑誌と甘ったるそうな駄菓子が雑然と置いてある。駄菓子は薄っすらと埃を被った硝子瓶に入っていた。
ガムを買った。黄色と赤の印刷のずれた硬い包装紙を破る。一枚口の中に放り込んだ。異様に甘い。砂糖の粒子が舌先でざらつく。噛みながら駅舎のローマ数字の掛時計を見る。九時を少し回っている。手元の腕時計より二三分遅れていた。
長谷川が改札口の先刻の駅員にもう一度同じことを尋ねた。
「予定通りだ」
とさもつまらなそうに答える。
長谷川は傍らに回りこんで、鼻先に腕時計を突きだす。もう一度確認する。
うんざりしたように、
「時刻表で9時というのは9時以降に出発するという意味だ。9時前には、出発しないという意味だ。わかったか?」
と傍らの土岐の瞳を蔑むようにのぞき込んでくる。
「英語がわかるのか」
と言いたげな目付きだ。
仕方なく長谷川はうなずいた。
「そろそろ、離れてくれるか?」
と長谷川が土岐に言う。
土岐は後ずさりする。濃いサングラスをかける。長谷川から離れた。そのとき待合室のベンチに腰掛けていた乗客が十数人、大小の荷物を引き摺りながらぞろぞろと出て来た。彼らはゆっくりと、地面にコンクリートを打っただけのプラットフォームに拡がった。その中に、白地にピンクと紫と緑の絞り染めを施したようなフレアスカートを靡かせて長谷川に嫣然と微笑みかける東洋人がいた。
一瞬、土岐の心臓が止まりかけた。
(慶子だ)
薄い黄色の鍔広の帽子に濃い緑のリボンが巻かれている。同色の濃い緑のベルトがウエストにアクセントのように巻かれている。
「おどろいて?」
と慶子は畳んだ水色のパラソルの先を長谷川にむける。蜻蛉を捕まえるかのようにゆるやかに円を描いた。
土岐は慶子の背後に回った。
「どうしたの?鳩さんが豆鉄砲をお召し上がりになったようなお顔をして。今日いくようなこと言ってなかったかしら」
確かに長谷川は一瞬息の詰まったような顔をしている。円を描くパラソルの先で眼が回った訳ではない。しばらく眼の焦点が合わなかった。
「なんで?」
と思わず土岐の口から出そうになった。
出会いの瞬間から一拍おいて、最初に出た長谷川の言葉は、
「旦那は知っているんですか?」
言い終えて忸怩たる想いが長谷川の全身を痙攣のように走っている。
慶子の反応に土岐は耳をそばだてた。
ガムを買った。黄色と赤の印刷のずれた硬い包装紙を破る。一枚口の中に放り込んだ。異様に甘い。砂糖の粒子が舌先でざらつく。噛みながら駅舎のローマ数字の掛時計を見る。九時を少し回っている。手元の腕時計より二三分遅れていた。
長谷川が改札口の先刻の駅員にもう一度同じことを尋ねた。
「予定通りだ」
とさもつまらなそうに答える。
長谷川は傍らに回りこんで、鼻先に腕時計を突きだす。もう一度確認する。
うんざりしたように、
「時刻表で9時というのは9時以降に出発するという意味だ。9時前には、出発しないという意味だ。わかったか?」
と傍らの土岐の瞳を蔑むようにのぞき込んでくる。
「英語がわかるのか」
と言いたげな目付きだ。
仕方なく長谷川はうなずいた。
「そろそろ、離れてくれるか?」
と長谷川が土岐に言う。
土岐は後ずさりする。濃いサングラスをかける。長谷川から離れた。そのとき待合室のベンチに腰掛けていた乗客が十数人、大小の荷物を引き摺りながらぞろぞろと出て来た。彼らはゆっくりと、地面にコンクリートを打っただけのプラットフォームに拡がった。その中に、白地にピンクと紫と緑の絞り染めを施したようなフレアスカートを靡かせて長谷川に嫣然と微笑みかける東洋人がいた。
一瞬、土岐の心臓が止まりかけた。
(慶子だ)
薄い黄色の鍔広の帽子に濃い緑のリボンが巻かれている。同色の濃い緑のベルトがウエストにアクセントのように巻かれている。
「おどろいて?」
と慶子は畳んだ水色のパラソルの先を長谷川にむける。蜻蛉を捕まえるかのようにゆるやかに円を描いた。
土岐は慶子の背後に回った。
「どうしたの?鳩さんが豆鉄砲をお召し上がりになったようなお顔をして。今日いくようなこと言ってなかったかしら」
確かに長谷川は一瞬息の詰まったような顔をしている。円を描くパラソルの先で眼が回った訳ではない。しばらく眼の焦点が合わなかった。
「なんで?」
と思わず土岐の口から出そうになった。
出会いの瞬間から一拍おいて、最初に出た長谷川の言葉は、
「旦那は知っているんですか?」
言い終えて忸怩たる想いが長谷川の全身を痙攣のように走っている。
慶子の反応に土岐は耳をそばだてた。


