「映画や小説のような男女の恋愛関係はないような気がするんです。どんなに愛していた人でも、汚れた下着をみたら興醒めでしょ。食事中に旦那がティッシュペーパーを箸で取ったり、箸で皿を引き寄せるのがたまらないと言う奥さんもいるし、不平不満はいろいろでしょ。言いだしたらきりがない。自分はこだわるけれど、他人から見ればどうということのないこともある。ようは自分の感性を絶対化すると、周囲のことは不満だらけになる。生まれてくるお子さんのためにも、妥協しないと。多分、誰と結婚したって、それなりに気に入らないことはあるんじゃないかな。彼は陽気でいつも底抜けに明るい。あんなに快活な人はいない。あんなに明るい人は」
「あっ軽いのよ。わたし、マダム・ボバリーみたい。砒素を食事に少しずつ混ぜて、あの人を毒殺してしまうかも」
と言う優子の肩に手を回す。抱きかかえるようにして、長谷川はドアノブを回した。廊下は薄暗い。
「そういう物騒な話は聞かなかったことにします」
と優子を部屋から追い出す。
ドアを閉める音に合わせて、土岐は箪笥から降りた。
廊下を歩く長谷川の声がする。
「お子さんが生まれたら、きっといいことがありますよ」
「貴方はそんなことばかり言って、商社マンの鑑ね。おやすみなさい。また、携帯電話のほうにメールを入れます」
と言い残して優子が去って行く。
土岐はその後姿を追いかけて、
@I kill you@
のメールのことを聞いてみようかと思った。思いとどまった。優子を尾行する気力は多少残っていた。マッサージパーラーで欲情を処理しておいたのは今思えば幸いだった。そうでなければ、天井近くの透かし彫りから長谷川と優子の濡れ場を冷静にのぞき見できなかったかも知れない。
身代わり出張の遠謀(土曜日午前)
翌朝七時に眼が覚めた。同時にモーニングコールがあった。
土岐の寝起きはあまりよくない。側頭部が重く痛い。腹ばいになる。ベッドカバーにアミューズメント・センターで体中に塗りつけられたオイルのにおいがした。
メモを見る。ベッドの中から駅に電話した。
「ダイヤは予定通り」
と子音と母音を機械的に組み合わせただけの無機質な答が返ってきた。
「あっ軽いのよ。わたし、マダム・ボバリーみたい。砒素を食事に少しずつ混ぜて、あの人を毒殺してしまうかも」
と言う優子の肩に手を回す。抱きかかえるようにして、長谷川はドアノブを回した。廊下は薄暗い。
「そういう物騒な話は聞かなかったことにします」
と優子を部屋から追い出す。
ドアを閉める音に合わせて、土岐は箪笥から降りた。
廊下を歩く長谷川の声がする。
「お子さんが生まれたら、きっといいことがありますよ」
「貴方はそんなことばかり言って、商社マンの鑑ね。おやすみなさい。また、携帯電話のほうにメールを入れます」
と言い残して優子が去って行く。
土岐はその後姿を追いかけて、
@I kill you@
のメールのことを聞いてみようかと思った。思いとどまった。優子を尾行する気力は多少残っていた。マッサージパーラーで欲情を処理しておいたのは今思えば幸いだった。そうでなければ、天井近くの透かし彫りから長谷川と優子の濡れ場を冷静にのぞき見できなかったかも知れない。
身代わり出張の遠謀(土曜日午前)
翌朝七時に眼が覚めた。同時にモーニングコールがあった。
土岐の寝起きはあまりよくない。側頭部が重く痛い。腹ばいになる。ベッドカバーにアミューズメント・センターで体中に塗りつけられたオイルのにおいがした。
メモを見る。ベッドの中から駅に電話した。
「ダイヤは予定通り」
と子音と母音を機械的に組み合わせただけの無機質な答が返ってきた。


