アイキルユウ

「だから言ったでしょ。わたしが世間知らずだって。身内に彼みたいに低脳な人は一人もいなかったから、男の人はみんなわたしよりは頭がいいものだとばかり思い込んでいたの。わたしより頭の悪い人は彼が初めてなんで、どう接したらいいか、いまでもわからないの。あなたや一等書記官の加藤さんがわたしにとっては普通の人なの。尊敬できない人に、夜な夜な体を求められるのは、いやでいやでたまらないの」
「そうは言っても夫婦なんだから、適当に折り合いをつけるしか」と長谷川が言いかける。優子はその先を言わせたくない。唇を押し付けた。唇を合わせながら、優子は小刻みに嗚咽を漏らしている。優子の唾液が糸を引いて一瞬きらめく。やがて、優子の泪が、長谷川の頬の周りに滴り落ちてきた。
「どうしたらいい?もう妊娠しているし、いつも酔っ払っていたから彼みたいに頭の悪い子ができたら。貴方の子供だったらいいのに」
 答えようのない語りかけが、沈黙を恐れているかのように止むことなく続く。
 ジャナイデスカの子をはらんだという告白に長谷川が安堵している。首だけ起こして、
「ひょっとして、自分の子供ではないか?」
と長谷川が優子に聞こうとした。やめたように見えた。長谷川は、優子が夫の子供を妊娠していると言っている理由を確認して、
「ほんとは、あなたの子よ」
と告白されて、藪蛇にでもなったら抜き差しならない大事件になるとでも考えているのではないか。
 優子はそうならないように、嘘をついているのかも知れない。それに、長谷川は学生時代、関係のあった女性に一度も妊娠させたことがなかった。卒業パーティーで会ったとき、
「確認したことはないが無精子症だと勝手に診断している」
と長谷川は漏らしたことがある。
 土岐の回想に優子の呟きがオーバーラップする。
「それにとっても下品で下劣で。もう、わたし我慢できない。この間もホームセンターへバスルームで使う椅子を買いに行ったんだけど、彼ったら探しながら、『スケベ椅子はどこだろう』って言うのよ。人品の卑しさは偏差値と比例しているみたい」
と優子は声をだして泣きだした。
 長谷川は隣室の土岐に聞こえるとまずいと思った。優子の唇を押し当てて黙らせた。
 優子は鼻水で呼吸が苦しくなる。仕方なく泣き止んだ。
 長谷川が優子をなだめるように言う。