アイキルユウ

 二人は少し斜めにずれた。優子の少し空気の抜けたゴムマリのような重そうな胸が二人の唇に距離をつくっている。
 長谷川は胸部を圧迫されて、息苦しくなる。優子の脇を掬って横向きになった。
 優子の鼻先が長谷川の唇に触れた。そのまま、優子は長谷川の喉もとで話し始めた。
「あんなに軽薄で馬鹿な人だとは想像もつかなかったわ。リビングのビデオ見ました?」
「ずいぶん増えているようだけど」
と言う長谷川の声は抑制が効いている。
隣室の土岐を意識している話し方だ。
「あれみんな彼が自分の母親に頼んで航空便で本国から取り寄せたんですよ。バラエティやどたばたのお笑いばかり。ドキュメンタリーや歴史ものやニュース解説なんか一本もないのよ。テープを見ながら一人で一晩中笑い転げているの。ばかみたい。一人ごと言ったり、テレビのタレントに話しかけたり、小学生みたい」
と笑いながら泣き、
「わたしの家系はみんな医者で、父も祖父も叔父もみんな開業医で、医学部出身なの。母方は普通の商家だけど、それでも母は一流の女子大を出ているの。家の中じゃわたしが一番勉強ができなくて、ずっと、頭の悪さに劣等感を持っていたの。彼と結婚したとき、大学も超一流ではないけれど、そこそこだったし、勤務先も政府系金融機関で、超エリートではないけれど、そこそこだったし、結局わたしは世間知らずだったのね。こんな馬鹿が世の中にいるなんて知らなかったの」
「彼はそれほどの馬鹿だとは思わないけど。普通でしょ。少なくとも偏差値は六十近い大学を出ているから平均よりはかなり上の学力があるはずでしょ。偏差値五十が平均だから」
「それがどうも怪しいの。彼の出た大学は入試が、マークシート方式で、しかも選択肢が四つしかないんで、確率的に偏差値五十以下の学生が毎年何人か合格するんですって」
「それほどとは思わないけど」
「それに彼の親戚から聞いた話だけど大学入試直前に予備校主催の特訓をホテルで缶詰になって受けて、そのときの問題がいくつか本番の試験で出て、それで合格したんですって」
「まさか、嘘でしょ。一流大学ならそういうリスクを冒しても十分ペイするけれど彼の大学は一流ではない。一流であろうとなかろうと刑法上は刑罰は同じだから、合わない話だ」
 優子は長谷川が彼女の意見を全面的に受け入れないことに少し苛立ちを覚えている。馬乗りになる。そのまま上体を倒した。