アイキルユウ

「いえ大丈夫です。慣れないといけないでしょ。毎朝主人と事務所までドライブするんですけど主人は私の運転では絶対に同乗しないんですよ。君の運転は怖くて危ないって言うんですよ。そのくせ銀行に朝行くときは助手席にわたしを乗せて夕方はわたしに車で迎えに来させるんですよ。わたしひとりなら事故に遭ってもいいということなんでしょうか?」
「そんなことはないでしょう」
と同情を求める優子に迎合する。窓外に目を泳がせながらなだめるように長谷川はつぶやいた。
 街路灯がない。どこを走っているのか皆目見当がつかない。車線も引かれていない。カーブを曲がった後、突然対向車のヘッドライトと正対することがある。住宅街は歩道もない。垣根や塀もない。どこまでが車道か見極めがつかない。
 優子は時々歩道に乗り上げる。曲がり角を間違える。覚束ない運転を繰り返した。
「車が走っていないのは、安心なんですけど、対向車がいないと、この先の道がどうなっているのか予測がつかなくて怖いんです」
 それもそうだろうと土岐も思う。スピードをだして走ったら突然崖から転落することもありそうだ。
 深夜の漆黒の闇の中をマニュアルだったらエンストしそうなスローな初心者運転が続いた。
 優子はハンドルにしがみつく。前のめりになって前方を注視している。
 ホテルの薄ぼんやりとした建物が見えてきた。車寄せに無事、車が滑り込んだ。フロントの照明は半分落とされている。急停止のブレーキ音が闇を切り裂いても誰も出てくる気配がない。
「お邪魔していいかしら。明日出張で忙しいことを知っていますが」
 ジャナイデスカがヒジノローマ行きを言ったらしい。話題の少ない社会だから、そんなことでも会話の種になる。
 一瞬、長谷川は返答を戸惑った。反射的に、
「ええ、どうぞ。でもカフェテリアは開いていないと思いますが。ヒジノローマに行くのはわたしではなくて土岐君なんですよ」
「そう。だったら長谷川さんの部屋でいいです」
長谷川は薄暗いフロントでベルを鳴らす。客室係を呼びだした。
「明朝の七時にミスター・トキにモーニングコール、八時にタクシーを呼んで」
と頼んだ。土岐は、ひどく喉の渇きを覚えていた。
「ローカルビールを部屋に持ってきてくれ」
と言いつけた。そう土岐が言ったあと、背後の優子に、長谷川は、「何飲みますか?」
ととってつけたように尋ねた。