アイキルユウ

「ほかにィ、悩みはな~んもないんすよォ。悩みがないのが悩みで。悩みがないとカイカンもコウコツも、ピリカラの香辛料のない料理みたいでェ。マッチポンプじゃないけど、しかたなく自分で火ィつけて自分で消してみる。お酒をおいしく飲むためにお塩をなめる。テキ~ラ!ウッ!」
とぶつぶつ言う。最後に自ら合いの手を入れるように叫んだ。そのうち即興で調子はずれなメロディーを適当につけて歌いだした。
「♪なやみのないのがァなァやァみィだァなやみのないのがァなァやァみィだァ~♪」
 土岐の酔いはすっかり醒めていた。
 暗闇の中のヘッドライトの輪の中に白っぽい邸宅が浮かび上がってきた。
 ジャナイデスカはポケットからガレージのリモコンをだす。後部座席から小さなボタンを押しながら前方に突き出した。
 ガレージのシャッターがゆっくりと巻き上がり始めた。それと同時に、ガレージの左脇の門灯が闇の液体に漂う水中花のようにボウーっと点灯した。ガレージに車を納め始めた。背後に玄関の照明を浴びたふくよかな影が心配そうに出てきた。優子だ。
 ガレージに車を納める。エンジンを切って助手席を見る。ジャナイデスカはわざとらしく寝込んでいた。
「着きましたよ。お宅ですよ」
と土岐が声を掛けた。軽いいびきをたてている。わざとらしく聞こえる。本当に寝ているのかも知れない。少し、肩を叩いてみた。起きない。仕方なく、助手席から降りる。後部座席に回りこむ。ドアを開けた。
 ドアにもたれ掛かっていたジャナイデスカは、開けると同時に車の外に倒れ込んだ。頭から地面に落ちそうになった。あわてて彼の上半身を支えた。ほとんど意識がない。濡れたマットレスのような、ぐにゃぐにゃの体を、後部座席から引きずりだした。立たせようとした。正体を失っていた。そこに、優子が現れた。
「すみません。またですか?お酒を呑むとだらしなくって」
と運転席から出てきた長谷川に詫びる。
 優子は土岐からジャナイデスカの体を受け取ろうとした。だしてきた両手に力がまったく入っていなかった。
 仕方なく土岐は、長谷川の助けを待つ。ジャナイデスカの重心の定まらない体を背負う。ガレージから出た。優子は脇から亭主を支えるようについてきた。不潔な汚物にいやいや軽く触れているだけのように見えた。
 家の中にジャナイデスカを引き摺り込む。
 長谷川が彼女に指示を求めた。