アイキルユウ

「彼らは焦っている。人種的に、宗教的に差別されていると思い込んでいる。人種差別はある場合もあるし、ない場合もある。あると言えばあるし、ないと言えばない。宗教差別はある。神様が違うんだから、どうしようもないでしょう」
「こんな東洋人に危険はない?」
と聞く。女は品定めをするように土岐の眼をじっと見つめた。
「昼間なら、たぶん、だいじょうぶ」
と猫のような愛嬌のない素振りでつまならそうに目をしばたたく。
「白人じゃないから、注意しないと、でも注意しても、暗がりや遠くからだと外国人には見えないかも知れない」
ととってつけたような、木で鼻を括ったような忠告をする。
「じゃひょっとしたら今夜が人生最後の日になるかも知れない」
と土岐は女の表情の動きを追った。
 女は眼を伏せる。煙たそうに小さなテーブルの上の灰皿でフィルターだけになった吸殻を揉み消す。また煙草を取りだす。マッチで火を点けた。硫黄と木の焦げた臭いが鼻を突いた。女は煙そうに眉根を寄せた。
 酔いも眠気もすっかり醒めていた。女の喫煙が終わるまで、訊かれもしないのに国籍や職業や前任者から聞いたことなどを勝手にだらだらと話し続けた。話し終えたところで、
「もし、あなたがよければ、やりたい」
と土岐は女の顔を注視し続けた。
 女は白い灰皿で吸い差しの煙草を激しく揉み消した。煙草が折れた。火が完全に消えないまま煙が立ち昇り続けた。女は両手のひらで頬を挟みこむ。両肘を小さなテーブルの上に置き考え込んでいる。
「あなたが、いやならいい」
と土岐は言い足す。女は一度立ち上がりかける。再びソファーに腰を沈めた。腕を組む。顔を伏せる。暗いコンクリートの床に眼を落とした。
 女の返事を待つ間、マッサージ台を離れた。ズボンのポケットから腕時計を取りだした。赤い電球でアナログの針を読む。あと二十分ぐらいしかない。
 女は膝頭を合わせている。微動もしないで座っていた。
 土岐は再びマッサージ台の上で仰むけになった。天井を見上げる。赤いセロファンの隙間から裸電球の卑猥な光が漏れている。天井の一点だけが雲間の月のように明るくなっていた。部屋の隅に澱む暗い闇と赤いセロファンを透過する電球の光がみだりがましく入り混じっていた。
 女は意を決したように潤んだような眼を大きく見開いた。
「オゥケィ」
と眉を吊り上げる。溜息を吐く。立ち上がった。