アイキルユウ

 暫くすると土岐を注視している暗い瞳だけがいくつか見えた。その下に首の輪郭がぼんやりと見える。振動が激しい。中腰になった。長谷川の後を追って手探りで後方の空いているシートにたどりついた。誰もいないことを確かめる。腰掛けてため息をついた。長谷川が腰を浮かしている。ポケットのコインを確認している。
 車掌がすぐやってきた。
 長谷川は時折通り過ぎる街路灯でコインを確かめる。均一料金を二人分支払った。
 チケットが二枚手渡された。
 長谷川は一枚を土岐に渡す。切手サイズほどの大きさだ。
 土岐は礼を言った。その言葉で、一瞬、車掌が目をみはった。外国人であることに気づいたようだ。
 窓硝子が一枚もなかった。放縦な外気が車内に吹き荒れていた。車掌の七分袖の口が窓外からの涼風にせわしなくはためいていた。夕方のスコールのせいか、日没のせいか、生温い風がほんのり涼しい風に変移していた。
 エンジンブレーキをほとんど使わない乱暴な運転だった。クラッチ板がだいぶ磨り減っている。座席シートのスプリングにもシャーシの板バネにも弾力性がない。フレームだけの車窓を見ていると台車だけのスクラップに乗っている心地がした。
 通過したバスストップも含めて四番目のバス停で、長谷川に促されて、徐行しているバスから土岐は飛び降りるように降車した。
 シーフード・レストランは国道を隔ててバス停の反対側にあった。
 バスを除くとオートバイも四輪タクシーも街路灯のある国道では無灯火で走っている。エンジン音に注意して国道を小走りに渡った。短い土手の滑りそうな坂を上る。坂を上りきると、
〈シーフード・レストラン〉
とエントランスのビルボードだけに、うらぶれた照明があった。硝子のない窓枠越しに見える店内は薄暗かった。営業中であることは、六等星のような蝋燭の灯りが不知火のようにテーブルの上に点在しているのでわかった。
 目を凝らす。土岐は店の前の駐車場を見渡した。外車ばかりが五六台駐車していた。ジャナイデスカの洒落たフランス車は見当たらなかった。
「店の中に冷房はないんで外で待とう」
と長谷川。
 パーキングロットには歳月に忘れ去られたような街路灯が中央に一本だけあった。車止めも駐車枠もない。自動車は街路灯を取り囲むように乱雑に駐車していた。