「詳しいことは、中華レストランでヘンサチが説明するはずだ。それほど簡単な仕事ではないかも知れないぞ」
と長谷川は説明を先送りにした。
 そこに黄色い肌の初老の男が入って来た。
 長谷川は椅子から立ちあがった。土岐をその男に紹介した。
「この男が先日話した土岐です」
 土岐は立ち上がって前に進み、名刺をさし出した。
「東京からやって来た土岐明と申します」
と名刺を交換した。
「所長の川野です」
と事務所で一番大きな机の椅子に腰かけた。四脚の回転椅子を軋ませる。反転させ長谷川に言った。
「加藤さんから連絡あったかな」
「いまさっき、例の件は昼飯を食べながら伺うことになってます」
と長谷川は川野に電話の内容を説明した。ついでに外出の了承を求めた。
「どうぞ、どうぞ、承諾無用」
と川野はパイプの刻み煙草にオイルライターで炎を吸い込んだ。
 土岐は交換した名刺に目を落とした。
 川野は土岐にあまり興味がないようだ。土岐の名刺を机の上に投げ置いてぼんやりしている。土岐については長谷川が既に説明済みなのかも知れない。
 川野はたるんだ頬を凹ませながら煙を吸引している。ゴルフ焼けしている。顔中老人性のしみだらけだ。吸う度に刻み煙草の熾火がふくらんで、しぼむ。生気のないドングリ眼を寄せて真っ赤な火種を凝視する。北側の窓に顔をむけた。一等書記官の加藤への伝言を考えているようにも見受けられた。黙ってたゆたうパイプの紫煙に目を泳がせている。
「土岐さんのお仕事は、今回のような調査が中心なんですか?」
「いえ、依頼人次第で、はっきりした業務内容はないんです。便利屋みたいなもんです」
「へえー、そんなんで生計が成り立つんですか?」
「まあ、調査事務所とはいっても、一人だけですから。事務所も自宅ですし、法律事務所の嘱託もやっていて。かつかつですが、フリーターみたいに、なんとかやってます」
 日陰の窓の上にあるエアコンから湿っぽい冷気がゆるやかに溢れていた。送風扇の振動が陽の当たる窓の白いブラインドを小刻みに蠕動させている。川野の鬢のそり返った胡麻塩の毛髪がモーター音に同調して繊細に震えていた。
 土岐の首筋に冷たい空気の柔らかな塊がかすかに感じられた。
 長谷川はパソコンで、メールを読んでいる。