アイキルユウ

 ジャナイデスカはあばら骨の浮き出た洗濯板のような胸を平手で叩いた。
「一杯だけなら、だいじょうぶですゥ。おごらせてください」
と手招きしてボーイを呼び寄せる。ドイツビールを三本注文した。
「チップはありますか?」
 土岐はジャナイデスカに確認した。
「どうですかねェ、ちょいと足りないかなァ」
と腰を浮かせる。ポケットからコインを取りだした。
 それを見て土岐は重い腰を上げた。ロッカールームに財布を取りに行った。着替えを済ました。海水パンツをビニール袋に詰め込んでプールサイドに戻った。
 臙脂のプラスティックテーブルの上にコップとビール瓶が三つずつ置いてあった。
 ロビーに立ち去るボーイの寂しそうな背中が見えた。
「チップ足りました?」
と土岐がジャナイデスカのポケットを見る。コインの膨らみが消えていた。
「いいんですよォ。あいつは顔みしりだから。つぎにたくさんやれば、ネッ。チップは必ずやらなければいけない、というものでも、ないじゃないですかァ」
とジャナイデスカはふざけて卑猥な仕草でビール瓶を喇叭呑みした。
「どうもォビールをおたがいにそそぎあうというのはァ我が国固有の文化みたいですねェ。アメリカにはァ大ビンはないしィ、ホームパーティーでだされるビールはァ小ビンかァ、カンビールじゃないですかァ。みんな小ビンかァ、カンを手に持ってェ、うろうろしているじゃないですかァ。途上国には大ビンもあるけどォみんな自分のグラスにしか注がないじゃないですかァ。なぜだかわかります?」
と土岐に聞いて来る。
 土岐が左右に首を振ると、
「今年の正月、ホテルの邦人新年初顔合わせのパーティーで聞いたことのある話だな」
と長谷川。
 土岐は少し疲労を覚えていた。
「なぜですか」
と聞くのも億劫だった。半分目を閉じたまま、もう一度首を横に振った。
「アメリカはァ、個人主義の国じゃないですかァ。ビールをどれだけのむかはァ、個人の勝手でしょッ。のむことを強要してはいけませ~ん。途上国ではビールはゼイタク品じゃないですかァ。もったいなくてェ、ひとにはやれないでじゃないですか」