薄目を開ける。東の空が次第にくすんで行く。時々深呼吸する。体が浮かび上がる。そして沈む。飛沫の水音が近づく。そして遠ざかった。時折ゆるやかな波が体を横切った。薄い水の膜が顔面を定期的に通り過ぎた。思考が停止した。とりとめのないのっぺらぼうの想念が海馬を素通りして浮雲のように脳髄の奥に消えていった。
海岸線の波濤が耳鳴りのように聞こえてくる。国道を通る車の路面を疾駆するタイヤの軋み。警笛とともに近寄って、去ってゆくディーゼル機関車の地響き。プールサイドで交わされる散漫な英会話。ボーイがタイルをだらだらと水洗いするモップの撥ねる音。プールの縁に柔らかく打ち寄せる波の囁き。不意に戦ぐ夕風にココヤシの葉が擦れ合うざわめき。軽く閉じた瞼越しに辺りがあわただしく暮れなずんで行った。
「疲れた。そろそろあがっちゃいますか」
と邪気のないジャナイデスカの明るい声がした。
「あら、もう?」
という慶子の声が半分水の中に掻き消えた。
土岐が声の方を見る。橙色の夕陽の光背がジャナイデスカの後頭部にあった。もう一度、ゆっくりと背泳ぎをする。プールを出た。東の空を見る。黒い縁取りのある雲が濃紺の空に所在なげにたゆたっていた。
突然プールサイドに白熱灯が燈された。明るいのは照明だけ。背後の深く蒼い空が不意に遠ざかる。白熱灯から遠いプールサイドが急に薄暗くなった。生温い黄昏の中を潮風がゆるやかに流れていた。
土岐はプールから上がる。首を傾け片足でジャンプしながら耳の奥の雫を落とした。そのままテニスコートのロッカールームにむかおうとした。
「ドイツビールでもォ、一杯どうですかァ?」
とジャナイデスカが長谷川の向かいのピペルの垣根の前の籐椅子に腰掛けた。
それほど喉は渇いていなかった。土岐は付き合うことにした。
「私たちはお先に失礼」
と慶子が優子とともに、プールサイドから消えた。
土岐の視界の縁で、優子が軽く別れの会釈をしているのが見えた。
背筋に少し張りを感じていた。仰むけになりたかった。
ビールを注文しようとした。財布がロッカーの中であることに気づいた。取りに行くのも面倒臭い。
「おカネは?あるんですか?」
と土岐がジャナイデスカに訊く。
ジャナイデスカはスイムスーツのポケットを指差した。
「それでだいじょうぶ?おカネ足りる?」
と長谷川が心配する。
海岸線の波濤が耳鳴りのように聞こえてくる。国道を通る車の路面を疾駆するタイヤの軋み。警笛とともに近寄って、去ってゆくディーゼル機関車の地響き。プールサイドで交わされる散漫な英会話。ボーイがタイルをだらだらと水洗いするモップの撥ねる音。プールの縁に柔らかく打ち寄せる波の囁き。不意に戦ぐ夕風にココヤシの葉が擦れ合うざわめき。軽く閉じた瞼越しに辺りがあわただしく暮れなずんで行った。
「疲れた。そろそろあがっちゃいますか」
と邪気のないジャナイデスカの明るい声がした。
「あら、もう?」
という慶子の声が半分水の中に掻き消えた。
土岐が声の方を見る。橙色の夕陽の光背がジャナイデスカの後頭部にあった。もう一度、ゆっくりと背泳ぎをする。プールを出た。東の空を見る。黒い縁取りのある雲が濃紺の空に所在なげにたゆたっていた。
突然プールサイドに白熱灯が燈された。明るいのは照明だけ。背後の深く蒼い空が不意に遠ざかる。白熱灯から遠いプールサイドが急に薄暗くなった。生温い黄昏の中を潮風がゆるやかに流れていた。
土岐はプールから上がる。首を傾け片足でジャンプしながら耳の奥の雫を落とした。そのままテニスコートのロッカールームにむかおうとした。
「ドイツビールでもォ、一杯どうですかァ?」
とジャナイデスカが長谷川の向かいのピペルの垣根の前の籐椅子に腰掛けた。
それほど喉は渇いていなかった。土岐は付き合うことにした。
「私たちはお先に失礼」
と慶子が優子とともに、プールサイドから消えた。
土岐の視界の縁で、優子が軽く別れの会釈をしているのが見えた。
背筋に少し張りを感じていた。仰むけになりたかった。
ビールを注文しようとした。財布がロッカーの中であることに気づいた。取りに行くのも面倒臭い。
「おカネは?あるんですか?」
と土岐がジャナイデスカに訊く。
ジャナイデスカはスイムスーツのポケットを指差した。
「それでだいじょうぶ?おカネ足りる?」
と長谷川が心配する。


