チャンスボールが慶子に行く。慶子は判で押したように、センターに緩くバックスピンの掛かったスライスボールで返球してくる。優子と長谷川はそのボールを追って拾いに行く。何回かに一度は勢い余って優子の弾力性のある肩に接触する。そのとき優子は必ず、ネットの向こうのジャナイデスカの表情を追う。するとジャナイデスカは条件反射のように眉根を吊り上げて不愉快そうな顔になる。同時に、それを予想していたかのように慶子は鈴を転がすように軽やかに笑い出す。
そこで、優子の耳元で長谷川が土岐に聞こえるように囁いた。
「ご主人、あなたのことほんとに愛しているみたいですね」
「主人のこと?やァだァ、ストーカーみたいなのよ」
「夫婦でストーカーはないでしょ」
「だってわたしがシャワー浴びているとこを覗き込んだり、触られると鳥肌が立つの」
と優子は、
「あっちに行って」
とばかりに、自分のラケットの先で長谷川の腰を押しこくる。それから、スコートを翻す。ラケットの柄を両手で握り締める。前衛に戻る。雁行陣を造った。
第一セットはゲームカウントがシックスオールでタイブレークになった。
長谷川は決着をつけることを避けて、
「引き分けにしましょう。ちょっと休憩」
と言って、ゲームを中断した。
ジャナイデスカと夫人たちはベンチに引き上げる。用意してきたドリンクを飲む。
長谷川は審判台の梯子に掛けていたタオルを取りに来る。土岐の足もとで長谷川が汗を拭きながら言う。
「『クライアントとゲームをするとき、どんなゲームでも勝ち過ぎてはいけない』という所長の言いつけがあるんで、ゲームはいつも接戦となるんだよ。勝ちそうになるとすべてのショットでエースをねらう。たいがい、ミスショットとなる。エースショットが決まって、勝ったとしても、『まぐれ、まぐれ』と謙遜するんだ。相手も負けたとしても後腐れがない。三人とも、『このメンバーはいつも接戦でいいゲームをする』と折に触れてそう感想を言う。誰もおれがゲームポイントを調整していることに気づいていないようだ」
スコールの後で湿度がかなり高かった。コートから立ち上るかげろうのような蒸気。再び照りだしてきた陽光。長谷川の玉の汗が止まらない。
土岐も屋外サウナのようだと思う。手のひらに汗が溜まる。審判台の手すりを握る手が幾度も滑った。
そこで、優子の耳元で長谷川が土岐に聞こえるように囁いた。
「ご主人、あなたのことほんとに愛しているみたいですね」
「主人のこと?やァだァ、ストーカーみたいなのよ」
「夫婦でストーカーはないでしょ」
「だってわたしがシャワー浴びているとこを覗き込んだり、触られると鳥肌が立つの」
と優子は、
「あっちに行って」
とばかりに、自分のラケットの先で長谷川の腰を押しこくる。それから、スコートを翻す。ラケットの柄を両手で握り締める。前衛に戻る。雁行陣を造った。
第一セットはゲームカウントがシックスオールでタイブレークになった。
長谷川は決着をつけることを避けて、
「引き分けにしましょう。ちょっと休憩」
と言って、ゲームを中断した。
ジャナイデスカと夫人たちはベンチに引き上げる。用意してきたドリンクを飲む。
長谷川は審判台の梯子に掛けていたタオルを取りに来る。土岐の足もとで長谷川が汗を拭きながら言う。
「『クライアントとゲームをするとき、どんなゲームでも勝ち過ぎてはいけない』という所長の言いつけがあるんで、ゲームはいつも接戦となるんだよ。勝ちそうになるとすべてのショットでエースをねらう。たいがい、ミスショットとなる。エースショットが決まって、勝ったとしても、『まぐれ、まぐれ』と謙遜するんだ。相手も負けたとしても後腐れがない。三人とも、『このメンバーはいつも接戦でいいゲームをする』と折に触れてそう感想を言う。誰もおれがゲームポイントを調整していることに気づいていないようだ」
スコールの後で湿度がかなり高かった。コートから立ち上るかげろうのような蒸気。再び照りだしてきた陽光。長谷川の玉の汗が止まらない。
土岐も屋外サウナのようだと思う。手のひらに汗が溜まる。審判台の手すりを握る手が幾度も滑った。


