「眼ざわりなんだけどね、女房が、『付けろ』ってうるさいんだよ」
「携帯電話からメールは良くするんですか?」
この質問の意図を長谷川は理解したようだ。ちらりと土岐の横顔を見た。加藤は長谷川の視線の意味は分っていない。
「メールは携帯からはほとんどしない。もっぱら、パソコンでやる。携帯からメールをするのは、女房あてぐらいで。それが、なにか?」
「いえべつに」
と土岐が不自然な受け答えをする。
加藤が手首のスイス製ブランドのアナログ時計を見た。そろそろ帰ろうということらしい。
炒麺も炒飯も食い散らかしたままだ。皿を舐めるほどには美味い料理ではなかった。
席を立つと入れ替わりに二人連れの現地人が入ってきた。テーブルの残飯に落とされた彼らの視線が気になった。何か言いた気だ。
加藤は立ち上がりながら勘定書を手に取ろうとした。
「今日はいいよ、私のほうがお願いするんだから」
と支払う素振りを見せる。
「まあまあ」
と長谷川が勘定書を手元に取り寄せる。加藤は抵抗しない。
「所長代理さん、小銭ないでしょ?」
と彼はチップをテーブルの上に投げ捨てるように置いた。
薄暗い室内から先刻のウエイターが注意深くこちらの様子を窺っていた。あわててチップを取りにきた。加藤はつま楊枝を要求した。そのまま肩で風を切るようにして店を出て行った。
長谷川がレジで支払を済ませた。レシートをポケットに捻じ込んで外に出る。
ドイツ車の傍らに加藤が立っていた。眩しそうに顔を歪めている。
「事務所で落としてやるよ。お二人さん」
と後部座席のドアを開ける。加藤は運転席に乗り込んだ。
後部座席に乗り込もうとすると、先刻の少女が立ち塞がった。腰は引けている。両手を広げて乗せない構えだ。そのとき運転席のパワーウインドウが降りた。加藤が小銭を差しだした。エンジンを掛けながら前方を見ている。
少女は彼の小銭を引っ手繰るようにして受け取る。老婆のもとに走り寄った。
「私もヒューマニストじゃないが小銭はやることにしてる」
とパワーウインドウを上げる。加藤はアクセルをふかした。
長谷川は、
「性格的にオールオアナッシングなもんで。すべてやるか、びた一文やらないか、の二者択一なんです。微調整の効かない不器用で不細工で不自由な性格なんです」
と謙譲の構えを崩さないように吶々と心情を説明した。
「携帯電話からメールは良くするんですか?」
この質問の意図を長谷川は理解したようだ。ちらりと土岐の横顔を見た。加藤は長谷川の視線の意味は分っていない。
「メールは携帯からはほとんどしない。もっぱら、パソコンでやる。携帯からメールをするのは、女房あてぐらいで。それが、なにか?」
「いえべつに」
と土岐が不自然な受け答えをする。
加藤が手首のスイス製ブランドのアナログ時計を見た。そろそろ帰ろうということらしい。
炒麺も炒飯も食い散らかしたままだ。皿を舐めるほどには美味い料理ではなかった。
席を立つと入れ替わりに二人連れの現地人が入ってきた。テーブルの残飯に落とされた彼らの視線が気になった。何か言いた気だ。
加藤は立ち上がりながら勘定書を手に取ろうとした。
「今日はいいよ、私のほうがお願いするんだから」
と支払う素振りを見せる。
「まあまあ」
と長谷川が勘定書を手元に取り寄せる。加藤は抵抗しない。
「所長代理さん、小銭ないでしょ?」
と彼はチップをテーブルの上に投げ捨てるように置いた。
薄暗い室内から先刻のウエイターが注意深くこちらの様子を窺っていた。あわててチップを取りにきた。加藤はつま楊枝を要求した。そのまま肩で風を切るようにして店を出て行った。
長谷川がレジで支払を済ませた。レシートをポケットに捻じ込んで外に出る。
ドイツ車の傍らに加藤が立っていた。眩しそうに顔を歪めている。
「事務所で落としてやるよ。お二人さん」
と後部座席のドアを開ける。加藤は運転席に乗り込んだ。
後部座席に乗り込もうとすると、先刻の少女が立ち塞がった。腰は引けている。両手を広げて乗せない構えだ。そのとき運転席のパワーウインドウが降りた。加藤が小銭を差しだした。エンジンを掛けながら前方を見ている。
少女は彼の小銭を引っ手繰るようにして受け取る。老婆のもとに走り寄った。
「私もヒューマニストじゃないが小銭はやることにしてる」
とパワーウインドウを上げる。加藤はアクセルをふかした。
長谷川は、
「性格的にオールオアナッシングなもんで。すべてやるか、びた一文やらないか、の二者択一なんです。微調整の効かない不器用で不細工で不自由な性格なんです」
と謙譲の構えを崩さないように吶々と心情を説明した。