と長谷川が気のない相槌を打った。加藤は少し激昂した。
「絶対そうに違いない。国際政治も、国際経済も、何もわかっちゃいないんだ。まあ、高卒じゃ、無理もないが」
といきり立った。残っていたビールを一気に飲み干した。加藤の口の端から一滴のビールが垂れ落ちた。
「我々外交官が日夜、国益の為に国際政治や国際経済に、どれほど心を砕いているか。奴にわかろうはずもない。偏差値七十以上と、四十以下のギャップには、想像を絶する隔絶がある。異人種、或いは、異星人同士と言ってもいい。見てくれが同じだから、文科省でも気づかない人が多いが。それが実に恐ろしい。本当に、恐ろしい」
と自説を展開した。それから、がらりと大きく口調を変えた。
「あの辺は、反政府ゲリラの最南端だから、一応警戒した方がいい。土岐さんに万一のことがあったら大変だ」
と意外にも気遣う素振りを見せる。
「もっとも君は、どう見ても外国人だから、いきなり銃口をむけられ、射殺されることはないとは思うが。そう言えば去年どっかのバザーで長谷川君が買ってきたような民族衣装は絶対に着て行かない方がいい。出来ればこのサファリジャケットのような物か、欧米のブランド物の半袖半ズボンがいいんじゃないか。ここの連中はアウラットがあるから半ズボンは穿かない」
と加藤は言い足した。土岐は、
〈アウラット〉
の意味が不明だった。面倒で聞く気にならなかった。それよりも不首尾に終わった場合の不安に強く駆られた。
「口べたなもんで、あんまり期待してほしくないです」
と土岐はとりあえず予防線を張ってみた。すると加藤は、
「とにかく本当の理由を聞きだしてほしい。頼む。『いま農繁期だから手が放せないもので』というのは口実に決まってんだ。理由さえわかれば対策の打ちようもある。カネか女か地位か。何とでもなる」
と本音を漏らした。前置きの長さに土岐は辟易とした。
 知らない間に、客がかなり増えていた。
 隣のテーブルに金髪碧眼の二人連れが着いた。
「大使館のパーティーで見かけたことのある連中だ」
と長谷川が土岐の耳元で囁いた。それに気づいた加藤が振り返って軽く会釈した。同じような素っ気ない会釈が返ってきた。
「北欧の尻の青い書生が。EUの盲腸が」
と加藤は声を潜める。見下したような舌打ちする。
「どうだ?こっちを馬鹿にしたような目で見てるだろう?」