溶き卵が一筋、彼の顎に垂れた。そこに蠅が止まった。先刻から飛び回っていた三匹のうちの一匹だ。彼が追い払うとテーブルの上を旋回していた仲間と合流した。シュリンプスープの丼の縁で代わる代わる休憩する。
土岐は定期的に丼の縁の蠅を左手で追い払った。
残りの三品が運ばれてきた。いずれも同じような彩りだ。よく見るとフライドライスの中にフライドヌードルが少し混ざっていた。
「先に焼きそばを炒めて、同じ鍋で炒飯を作ったんだな」
と加藤は呆れたように苦笑する。ヌードルをつるつる滑るプラスティックの箸で掬い上げた。
「どれもこれも、馬鹿の一つ覚えで、オイスターソースの味付けだ」と加藤は麺越しに鋭い視線で長谷川の表情を窺う。
「それで、どう?行ける?」
と加藤は打診してくる。断られることをまったく予想していない口ぶり。大使館がらみの売り上げが多いとすれば当然かも知れない。
「行きます。ただ、土日は、先約がありますので、土岐君に代理で行ってもらいます」
と長谷川。即座に長谷川が受諾しなかったのを加藤は意外に思ったらしい。まさかというような顔つきをした。瞳孔が点になっている。
「先日それとなく所長さんにはお願いはしていたけど、正式には、今日の明日で、申し訳ないが。兎に角、有難い。それじゃ、土岐さん宜しく」
と加藤はいぶかしげに土岐の目を覗き込む。白くしなやかな右手を差しだした。土岐は空いている左手をだしかけた。慌てて箸を置いて右手を出す。加藤はなよやかに握り締めてきた。ひんやりとした羽二重餅のような感触が土岐の右手を包んだ。
しばらく黙然と三人は食べることに専念した。ひとしきり箸でせわしなく炒麺や炒飯を啄ばんだ。
加藤は一服した。突然左手で丸テーブルをしたたかに叩いた。
「全く、この国の重要性が、わかっていないんだ!」
と血相が変わるほど歯軋りする。目を鈍角の三角形にした。
「これだから、農業高校出のどん百姓は困る。一日ぐらい、田圃を留守にすることが、何だってんだ!うす馬鹿めが!」
と毒づく。小さく溜息をつく。ナプキンで口の端を拭った。
「奴がこの国に来たのは、給料を貰って外国に来られるという、ケチな料簡と好奇心からだ。経済協力なんていう高尚で高邁な発想は微塵も、かけらもあるはずがない」
と決め付けた。それから少し気まずい沈黙があった。
「そうかも」
土岐は定期的に丼の縁の蠅を左手で追い払った。
残りの三品が運ばれてきた。いずれも同じような彩りだ。よく見るとフライドライスの中にフライドヌードルが少し混ざっていた。
「先に焼きそばを炒めて、同じ鍋で炒飯を作ったんだな」
と加藤は呆れたように苦笑する。ヌードルをつるつる滑るプラスティックの箸で掬い上げた。
「どれもこれも、馬鹿の一つ覚えで、オイスターソースの味付けだ」と加藤は麺越しに鋭い視線で長谷川の表情を窺う。
「それで、どう?行ける?」
と加藤は打診してくる。断られることをまったく予想していない口ぶり。大使館がらみの売り上げが多いとすれば当然かも知れない。
「行きます。ただ、土日は、先約がありますので、土岐君に代理で行ってもらいます」
と長谷川。即座に長谷川が受諾しなかったのを加藤は意外に思ったらしい。まさかというような顔つきをした。瞳孔が点になっている。
「先日それとなく所長さんにはお願いはしていたけど、正式には、今日の明日で、申し訳ないが。兎に角、有難い。それじゃ、土岐さん宜しく」
と加藤はいぶかしげに土岐の目を覗き込む。白くしなやかな右手を差しだした。土岐は空いている左手をだしかけた。慌てて箸を置いて右手を出す。加藤はなよやかに握り締めてきた。ひんやりとした羽二重餅のような感触が土岐の右手を包んだ。
しばらく黙然と三人は食べることに専念した。ひとしきり箸でせわしなく炒麺や炒飯を啄ばんだ。
加藤は一服した。突然左手で丸テーブルをしたたかに叩いた。
「全く、この国の重要性が、わかっていないんだ!」
と血相が変わるほど歯軋りする。目を鈍角の三角形にした。
「これだから、農業高校出のどん百姓は困る。一日ぐらい、田圃を留守にすることが、何だってんだ!うす馬鹿めが!」
と毒づく。小さく溜息をつく。ナプキンで口の端を拭った。
「奴がこの国に来たのは、給料を貰って外国に来られるという、ケチな料簡と好奇心からだ。経済協力なんていう高尚で高邁な発想は微塵も、かけらもあるはずがない」
と決め付けた。それから少し気まずい沈黙があった。
「そうかも」