「その間、疲れすぎちゃって、運転手と口をきく気にならなかったんです。イエスとノー以外は、ほとんど話さなかった。あとで所長から聞いた話なんですけど、運送屋のトラックの運チャンは、『英語のろくに話せない珍しい商社マン』と思ったらしい。納品先ででっぷりとした農業試験場長から邦人を紹介されました。小川伺朗という名前だったと記憶してます。彼が我が国からの技術協力で派遣された人物であることはあとで知ったんですが、その派遣員については印象が薄く、どういう人物であったかよく思い出せないんです。一泊したらどうかというのを固辞してとんぼ返りし、戻ってきたのは翌早朝でした」
と長谷川が話し終えるのを待ちきれないように加藤の高踏的なブリーフィングが始まった。
「その農業試験場に我が国の財団法人、外務省の数少ない外郭団体の一つだけど、そこから派遣されたその農業技術指導者がいる。君、三年前に会ったことがあるんだよね。小川伺朗とかいう奴だ。その派遣員に、この国の内務省が、突如褒章をやると言いだしてきた。『収穫量のきわめて多い、水稲の普及に多大なる貢献をした』という名目だ。外務大臣滞在中に仰々しいセレモニーをやる。今後とも低利の政府借款と無償援助を引き出すための下心見え見えの安上がりの捏造イベントだ」
と鼻先を突き出しながら、
「ところが、この水呑み派遣員が、何を血迷ったのか、何を勘違いしたのか、『たまたま農繁期で、手を放せないので、来られない』とぬかしてきた。へっ、馬鹿めが。そこで内務省の役人がこの派遣員の説得を我が大使館に、要請してきた。大臣がくる直前でてんてこ舞いの館員が派遣員の説得に行くことはとても出来ない。だから今度の土日を掛けて説得しに行って来て貰いたい」
と有無をも言わせない押しの強い口調で言う。加藤の話は続く。
「実は、先週末、当該派遣員の対策を検討して、『やつが首都に来ない場合は、やつの在留資格を剥奪しよう』と画策したんだ。脅しに使おうという魂胆だった。派遣員が所属する外郭団体の専務理事に国際電話をかけて圧力をかけようと目論んだ。専務理事は大使のかつての上司筋で、退職前に本省の廊下ですれ違った程度の面識だそうだが、いまや隠然たる権限を持っているのは在職中の大使の方だ。この専務理事には着任前に一度挨拶に行ったことがあるんだ」
と人差し指を立てながら、