と加藤は飲み干したコップをテーブルの上に叩きつけた。その音に驚いた先客がなにごとかとこちらに視線をむけてきた。鈍い音がテーブルの足を伝ってコンクリートの床に響いた。
加藤の能弁が堰を切る。
「この国の内務官僚は、先週、私の留守中に、二等書記官に、『貴国の外務大臣に、戦没者慰霊碑に参拝してもらいたい』と言ってきた。慰霊碑は、我が国の無償援助で建立された。戦没者は高々百人に満たない。その中には植民地支配を一世紀に亘って続けた旧宗主国の人間も含まれている。奴等の狙いは、我が国が旧敵国で加害者であることを外交的に明らかにし、いつまでも風化させないことにある。贖罪を乞われると拒否できないという我が国のメンタリティに付け込む。それによって、更に、巨額の援助を、引き出そうとする」
と何かを抜き取るようなしぐさをして、
「カネが絡むと、奴等の偏差値は、突然ジャンプアップする。組織的に物を造るという、経済的なアビリティでは劣るが、個々人はネゴシエーションには舌を捲くほど長けている。『あなたのお国は、二十世紀の世界経済のミラクルだ』などと、片手で誉めそやし、反対の手で援助をゆする」
と右手の親指と人差し指で輪を作り、
「我が国の外相も、この国の大臣と一対一で対等にやり合ったら、勝ち目はない。赤子のようにいいように言いくるめられる。『和なるを以って貴しとす』が私の座右の銘だなどと、我が国の大臣が自慢しだしたら、『待ってました、能天気痴呆陣笠ドブ板丸投げ大臣』とばかり、無理難題を押し付け、巨額の要求を並べ立てる。『ノー、ノー』と慌てふためいて、改めて本音で応対すれば、『それじゃあ、和は保てない。力のある大金持ちが、譲歩し、折れてくるのは外交では当然のことではないか』と居直る」
と刀を抜き取るしぐさをして、
「そこでおっとり刀で登場するのが我等外交官だ。『そんなことをしたら戦前の旧宗主国との従属関係が新たに構築される。それでは対等の外交関係はとても保てない』と切り返す。外交は口先。舌先三寸で国の厚生に多大の貢献をなす。相手のコントラディクションを突き、時には、語気を荒げ、テーブルを叩く。コストベネフィットで査定すれば国益に対するコントリビューションは官庁随一だ」
と加藤は自慢げに大言を吐き、自嘲気味に笑った。長谷川は、
「いつものことだが加藤の傲慢さには虫唾が走る」
加藤の能弁が堰を切る。
「この国の内務官僚は、先週、私の留守中に、二等書記官に、『貴国の外務大臣に、戦没者慰霊碑に参拝してもらいたい』と言ってきた。慰霊碑は、我が国の無償援助で建立された。戦没者は高々百人に満たない。その中には植民地支配を一世紀に亘って続けた旧宗主国の人間も含まれている。奴等の狙いは、我が国が旧敵国で加害者であることを外交的に明らかにし、いつまでも風化させないことにある。贖罪を乞われると拒否できないという我が国のメンタリティに付け込む。それによって、更に、巨額の援助を、引き出そうとする」
と何かを抜き取るようなしぐさをして、
「カネが絡むと、奴等の偏差値は、突然ジャンプアップする。組織的に物を造るという、経済的なアビリティでは劣るが、個々人はネゴシエーションには舌を捲くほど長けている。『あなたのお国は、二十世紀の世界経済のミラクルだ』などと、片手で誉めそやし、反対の手で援助をゆする」
と右手の親指と人差し指で輪を作り、
「我が国の外相も、この国の大臣と一対一で対等にやり合ったら、勝ち目はない。赤子のようにいいように言いくるめられる。『和なるを以って貴しとす』が私の座右の銘だなどと、我が国の大臣が自慢しだしたら、『待ってました、能天気痴呆陣笠ドブ板丸投げ大臣』とばかり、無理難題を押し付け、巨額の要求を並べ立てる。『ノー、ノー』と慌てふためいて、改めて本音で応対すれば、『それじゃあ、和は保てない。力のある大金持ちが、譲歩し、折れてくるのは外交では当然のことではないか』と居直る」
と刀を抜き取るしぐさをして、
「そこでおっとり刀で登場するのが我等外交官だ。『そんなことをしたら戦前の旧宗主国との従属関係が新たに構築される。それでは対等の外交関係はとても保てない』と切り返す。外交は口先。舌先三寸で国の厚生に多大の貢献をなす。相手のコントラディクションを突き、時には、語気を荒げ、テーブルを叩く。コストベネフィットで査定すれば国益に対するコントリビューションは官庁随一だ」
と加藤は自慢げに大言を吐き、自嘲気味に笑った。長谷川は、
「いつものことだが加藤の傲慢さには虫唾が走る」