「それでだけで充分でしょう。この店は一品一品のボリュームが、はなはだしく多いから」
「よし以上だ」
と加藤が改めて注文した。ウエイターに復唱させた。
「命じたらリピートさせ、コンファーム。失敗したらやり直し。これがこの国の人間とうまくやって行くやり方だ。我々とは偏差値が二十から三十違うことを頭に入れておかないと。奴等は決してやればできるのにやらないという怠け者ではない。わからない振りをしている程、ずる賢くもない」
とビールをぐいぐい呑む。加藤は鼻の下に泡を蓄えて捲くし立てた。不意に右手首のスイス製ブランド腕時計に目を落とした。
「もうすぐ十二時だ。十五分からズフルが始まる」
「ズフルってなんですか?」
と長谷川は幇間のように加藤の博識をくすぐる。
「君、そんなことも知らないで、ここで商社マンやってんの?」
と神経を逆なでするような口調。鼻先で小馬鹿にする。
土岐はなんとなく険悪な雰囲気を感じた。
「すいません、不勉強で。ボキャブラリーに入れときます」
と長谷川はひたすら低姿勢だ。加藤の該博を持ちあげる。
「日の出前がファジル、昼過ぎがズフル、日没前がアスル、日没後がマグリブ、夜がイシャー。頭をとってファズアマイ」
「なんですか?それ?」
と長谷川は察しはついているようだが知らない振りを貫く。
「何ですかってイスラムの礼拝だよ」
と加藤は口をポカンと開ける。呆れ返ったように言う。
「へーそうですか、知りませんでした。造詣の深いことで」
と長谷川は知らない振りを悟られないように感服を偽装している。
「まあ、それはどうでもいいけれど。同じイスラムでもこの国のイスラムは砂漠のイスラムと違って、弛んでいる。モスクに行けば別だが、大使館の現地雇いの連中なんか、勤務中にメッカにむかって礼拝するのを見たことがない。おまけに酒は呑むし」
「そういえば、うちの事務所の連中もそうですね」
と長谷川はショスタロカヤかゴンゲイガウの顔を思い浮かべているようだ。時宜を外さないように相槌を打った。二人のやりとりは一触即発の漫才のように見える。
「ところで、さっき、エントランスゲートの所にいた婆さんと小娘の母子連れらしいベガーだが」
と加藤は上唇にホイップクリームのように付いた泡を吹き飛ばした。
「実は、あの婆さんはベガーの仁義を通したんだよ」
「よし以上だ」
と加藤が改めて注文した。ウエイターに復唱させた。
「命じたらリピートさせ、コンファーム。失敗したらやり直し。これがこの国の人間とうまくやって行くやり方だ。我々とは偏差値が二十から三十違うことを頭に入れておかないと。奴等は決してやればできるのにやらないという怠け者ではない。わからない振りをしている程、ずる賢くもない」
とビールをぐいぐい呑む。加藤は鼻の下に泡を蓄えて捲くし立てた。不意に右手首のスイス製ブランド腕時計に目を落とした。
「もうすぐ十二時だ。十五分からズフルが始まる」
「ズフルってなんですか?」
と長谷川は幇間のように加藤の博識をくすぐる。
「君、そんなことも知らないで、ここで商社マンやってんの?」
と神経を逆なでするような口調。鼻先で小馬鹿にする。
土岐はなんとなく険悪な雰囲気を感じた。
「すいません、不勉強で。ボキャブラリーに入れときます」
と長谷川はひたすら低姿勢だ。加藤の該博を持ちあげる。
「日の出前がファジル、昼過ぎがズフル、日没前がアスル、日没後がマグリブ、夜がイシャー。頭をとってファズアマイ」
「なんですか?それ?」
と長谷川は察しはついているようだが知らない振りを貫く。
「何ですかってイスラムの礼拝だよ」
と加藤は口をポカンと開ける。呆れ返ったように言う。
「へーそうですか、知りませんでした。造詣の深いことで」
と長谷川は知らない振りを悟られないように感服を偽装している。
「まあ、それはどうでもいいけれど。同じイスラムでもこの国のイスラムは砂漠のイスラムと違って、弛んでいる。モスクに行けば別だが、大使館の現地雇いの連中なんか、勤務中にメッカにむかって礼拝するのを見たことがない。おまけに酒は呑むし」
「そういえば、うちの事務所の連中もそうですね」
と長谷川はショスタロカヤかゴンゲイガウの顔を思い浮かべているようだ。時宜を外さないように相槌を打った。二人のやりとりは一触即発の漫才のように見える。
「ところで、さっき、エントランスゲートの所にいた婆さんと小娘の母子連れらしいベガーだが」
と加藤は上唇にホイップクリームのように付いた泡を吹き飛ばした。
「実は、あの婆さんはベガーの仁義を通したんだよ」