加藤は厨房の入り口に目をやる。ビールを持って出てきたウエイターを指招きした。
 分厚い薄緑の不揃いなコップが三つ、テーブルの上にコトン、コトン、コトンと置かれる。ビールの栓は抜かれていた。
 加藤は透明のビール瓶の口を見るなり怒鳴った。
「栓の開いていないのを持ってこい!わかったか!」
とクレームをつける。ウエイターはしぶしぶビールを持ち去った。
「奴等、平気で注ぎ足しする。こっちは見通してるんだ。安心して飲めるのは、栓の開いていないビールだけだ」
と弁明する。そこにウエイターが栓抜きとビール瓶をもってきた。
 加藤は取り上げるようにして受け取る。勢いよく王冠を抜き飛ばした。瓶の口にコルクが少しこびり付いていた。そこから大粒の泡が蜘蛛の子のように一斉に溢れ出た。
「ぬるいな!客をなめるなよ!」
と加藤はビール瓶を持ち上げる。ウエイターを睨みつけた。
「もっと冷たいのを持って来い!」
と注文をつけた。
 ウエイターは体を硬直させる。躊躇していた。
 加藤はコップを目の高さに持ち上げる。土埃で黄緑がかっている庭を透かして見る。
「汚れてるな!ちゃんと洗ってるのか」
と説教口調。いまいましそうに怒気を込めて言う。
「かえろ」
とウエイターにコップを投げつけるように横柄に手渡した。
「君たちのは大丈夫?言うべきことは言った方がいいよ」
と長谷川のコップを指差した。分厚い硝子の中に細かな気泡がいくつか閉じ込められている。土岐は点検する仕草だけして、
「だいじょうぶです。なんともないようです」
といい加減に答えた。ウエイターが去った後で、よく見ると縁に白っぽい指紋がいくつか付着していた。加藤に気づかれないように黄ばんだナプキンでそっとぬぐった。
 ウエイターは小走りで再びビールを持ってきた。猿が背後から投を食らったような表情。加藤の前に差しだした。
「オウケイ、サー?」
と質す。加藤はビール瓶を握り締め感触を確かめた。
「OK」
とうなずく。ウエイターは気の抜けたような笑みを見せる。ゆっくりとビールを注いだ。前ポケットから尻が歯形で変形している黒いボールペンと細長い注文用紙を取りだした。
「シュリンプスープ、スプリングロール、フライドライス、フライドヌードル。どう?八宝菜いる?」
と加藤が長谷川に聞く。