アイキルユウ

という思いが土岐にはあった。しかし、長谷川のその喪失感は爽快さを伴っていたようだ。
 それから十分経過した。列車はまだ到着しない。
 土岐と長谷川は社用車を出た。出札口でもう一度同じことを訊いた。
 出札口の駅職員は、
「なんだ、また、お前らか」
というような顔をした。同じ回答が戻ってきた。
 車に戻ると土岐はショスタロカヤに派遣員に関する一部始終を語り聞かせた。
 するとショスタロカヤは、
「そういう人間は珍しくない。私の妻がそうだ。気まぐれで、気が変わりやすくて何を考えているのかさっぱりわからない。一日単位でも、週単位でも、月単位でも、年単位でも、まったく予定が立たない。こういう人間は商売には向いてない」
と実感のこもった悪態をついた。
 土岐は彼に、
「退屈だから、賭けをしないか?」
と持ち掛けた。
 ショスタロカヤは不意を突かれたようだ。少し考えてから、
「どんな賭け?賭けによるけど」
と興味を示すような素振りをした。
「派遣員が来たら君の負け、来なかった君の勝ちでどう?」
とルールを説明する。
 ショスタロカヤは掛け金を知りたがった。
「君が勝てば君の息子の授業料を僕が払おう。君が負けたら君の自宅の夕食に招待してくれ」
と条件を提示する。
 彼は俄かには承服しかねる様子で、
「それはフェアじゃない。金額が五十倍近くも違う」
と真顔で首を捻った。
 土岐は彼を懐柔するように、
「いや、日本人と現地従業員のサラリーに、だいたい比例している。むしろ、きわめてフェアなオッズだ」
と指摘した。
 ショスタロカヤはすぐ納得した。
 長谷川は笑っていた。
 それから五分ほどして暗褐色の錆にまみれた六両連結の列車が到着した。列車が停止する。百人ほどの人々が各車両のデッキから吐瀉される。一斉にフォームに出てきた。女性はほとんどいない。いずれも黒い髪と黒い顔をしている。着ている服は白黒写真で撮影しても、カラー写真で撮影しても見分けのつかないものばかりだ。肥満体と白髪頭は数えるほどしかいない。
 貧相で恰幅の悪い人々の群れを見ながら、長谷川は、
「貧しい国は食い物がまずい。宮廷料理はうまいが貧しいから食えない。食い物がまずいから太っている人間も少ないと、いつだったか、ヘンサチが、『ホンコン』で薀蓄を傾けたのを思いだした」