アイキルユウ

「おれの後任に誰が来るか分からんけど、引継ぎがあるから、願いを出しても、電化プロジェクトの件もあるし、人事の方で、もう一年延ばすかも知れねぇな。人事部は何を考ぇてる分かわからんところがあるが、いくら何でもその程度の見識はあるだろう。その方があんたのためにゃ良いかも知れねぇなぁ」
と独りごと。
 事務所の昼食まで、しばらく時間があった。手持ち無沙汰で所在のないとき、土岐はサイコロを振るのが癖だ。もともと、軽い喘息の持病があった。この国に来てからタバコをやめているが、机の上の灰皿の中に麻雀のサイコロを置いている。
「派遣員はくるか?来ないか」
と呟きながら土岐はサイコロを振る。サイコロの一振りで運命の決まる恐怖に耐え切れない。いつも賭けはしない。半が出ても、丁が出ても、何の意味もない。何の意味ももたせずにただ振る。
 それを見て、長谷川が不意にいう。
「キスケンシュノショもゴンゲイガクもショスタロカヤも、面とむかうと、おれを、『所長代理』と呼ぶが、陰では、『ドンファン』とあだ名で呼んでいるらしい。やつらは机の上で所在なげにメールを読んでいると、傍らを通りながらニヤリとする」
 しばらくしてキスケンシュノショの用意したピリ辛の昼食をすませた。ゴンゲイガウに食器の後片付けを頼んだ。ショスタロカヤの運転で土岐は長谷川と一緒にターミナル駅にむかった。
 車の中で長谷川がぽつりと言う。
「慶子に電話をすることも考えたが言語能力に長けている彼女に適当にあしらわれそうな気がする。直接会うことにした。ヘンサチ宅は少し遠回りにはなるが駅にむかう方向の途中にある。ショスタロカヤに寄ってもらうことにした」
 ヘンサチ宅に着くと土岐を誘い、長谷川は車を出た。
「こないだの夜のことを確認したい。一緒に来てくれ」
 土岐は従った。土岐も真実を知りたい。
 ロココ調の瀟洒な青銅の彫刻のある玄関で長谷川がチャイムを鳴らす。
 現地の若いメイドが出てきた。長谷川の顔を見るなり、ドアの中に招じ入れた。応接間に通すなり消えた。
 しばらくして慶子が嫣然と出てきた。長谷川の隣の土岐を見て、「おや?」
というような顔をした。すぐ長谷川をまっすぐ見捉えて、
「ご結婚おめでとうございます」
と背筋が凍るような微笑を浮かべる。