「偏差値が低いということの意味を十年間忘れていたが、今回の事で思いだした。そう言えば偏差値の低い人間と接触する機会が十年間なかったということでもあるな。学生時代だけど、アルバイトで低偏差値の高校生の家庭教師をした事がある。政治経済か何かだったと思う。為替レートが変わると、輸出業者や輸入業者がどうなるかというテーマで、例えば自国通貨の価値が高まると、輸出代金の受け取りが減り、輸入代金の支払いが減る。だから、輸出業者は大変で、輸入業者は左団扇だという話を、具体的な数値例で説明してやったんだ。『わかったか?』って聞くと、『わかった』と言うんで、説明させると、教えた通りに復唱する」
と軽い咳払いをし、
「しかし、数値を変えるとてんで分からない。という事は、復唱したのは私の言った音声を繰り返しただけで、論理は理解していないという事だ。翌週も、もう一度、同じ説明をし、数値例を変えて説明をし、復唱させると、教えた通りに復唱する。しかし、数値例を変えるとまた分からない。その翌週も同じ事をやった。でも、分からない。こっちは金を貰っているからしつこく、同じ説明を三ヶ月ほど繰り返した。最後に、『何でわからないんだ』と怒ったら、両手で側頭部を抱えて泣き始めた。頭を抱えるというのは比喩的な表現かと思っていたが、本当のことなんだと、そのとき得心したよ。大学を卒業してからは、関わり合う人間はみんな偏差値七十前後ばかりで、偏差値五十以下の人口の二分の一を占める人間の存在を今回の一件に遭遇するまですっかり忘れていた」
とため息をつき、
「願わくは、こういう人間と接触する事なく、これからの人生を送ることが出来ればと、つくづく思った次第だ。ああ、それから、大使館の例のアルバイトの研修生に伝言するのは止めて貰いたいと長谷川君に伝言願えないかな。所詮、偏差値五十程度の大学から来ているから、使い者にならない。普段の日常会話程度なら、問題はないが、話が少しでも込み入ってくると要領を得ない。馬鹿が、多少英語がしゃべれる程度で、ひょっとしたら外交官になれるかも知れないと思い込んでる。本省も罪作りだ。それはありえないと、言ってあげないと可哀想だ」
そこでいったん話が途切れた。
土岐が電話を切ろうとしたら、続きがあった。
と軽い咳払いをし、
「しかし、数値を変えるとてんで分からない。という事は、復唱したのは私の言った音声を繰り返しただけで、論理は理解していないという事だ。翌週も、もう一度、同じ説明をし、数値例を変えて説明をし、復唱させると、教えた通りに復唱する。しかし、数値例を変えるとまた分からない。その翌週も同じ事をやった。でも、分からない。こっちは金を貰っているからしつこく、同じ説明を三ヶ月ほど繰り返した。最後に、『何でわからないんだ』と怒ったら、両手で側頭部を抱えて泣き始めた。頭を抱えるというのは比喩的な表現かと思っていたが、本当のことなんだと、そのとき得心したよ。大学を卒業してからは、関わり合う人間はみんな偏差値七十前後ばかりで、偏差値五十以下の人口の二分の一を占める人間の存在を今回の一件に遭遇するまですっかり忘れていた」
とため息をつき、
「願わくは、こういう人間と接触する事なく、これからの人生を送ることが出来ればと、つくづく思った次第だ。ああ、それから、大使館の例のアルバイトの研修生に伝言するのは止めて貰いたいと長谷川君に伝言願えないかな。所詮、偏差値五十程度の大学から来ているから、使い者にならない。普段の日常会話程度なら、問題はないが、話が少しでも込み入ってくると要領を得ない。馬鹿が、多少英語がしゃべれる程度で、ひょっとしたら外交官になれるかも知れないと思い込んでる。本省も罪作りだ。それはありえないと、言ってあげないと可哀想だ」
そこでいったん話が途切れた。
土岐が電話を切ろうとしたら、続きがあった。


