と彼女に言うはずがない。
長谷川が慶子と二股をかけていることを薄々感づいている優子も、
「わたしと一緒になって」
と言えないだろう。
生まれついての女たらしの長谷川が、
「君を心から愛している」
という言質をとられるようなことを言うはずもない。お互いにお互いの立場を尊重して、不即不離のアバンチュールの関係を保ってきたはずだ。二人の関係を更に発展させることも後退させることもできなかったのではないか。その関係にどういう意味があるのかということを突きつめて話し合うこともしなかったのだろう。関係をはっきりさせようということになれば、人倫にもとる関係であることを認めざるを得ない。いいかげんのまま放置しておけば、いずれ時が来れば、すんなりと解消される。それが長谷川の手口だ。
長谷川が何もいえなくなって、黙っている。突然電話が切れた。だれか彼女のそばにきたのか。何かの拍子にオフのボタンを誤って押してしまったのか。それとも、加藤夫人との関係は誤解ではなかったのか。ばかばかしくて聞いていられないということなのか。
長谷川は折り返し、リダイアルしようとした。言うべきことは言ったようで、そのまま放置して、事務所に入った。
土岐はその後ろに続いた。事務所に戻っても優子の、
「本当の父親を知っているのは私だけだということを忘れないで」という言葉の意味がよく理解できない。喉に刺さった小骨のように土岐の脳裏にひっかかっていた。
(本当の父親はあなただ、という意味なのか?そうだとしたら、『忘れないで』という言葉は、脅しの材料に使うという意味なのか?それとも単に事実を言っているだけなのか?いや、事実を言っているだけだとしたら、『忘れないで』と言う必要はないだろう。それともただ意味もなく、不愉快な気分に押し出されて口をついて出てきた言葉なのか)
と考えてみたが土岐にはわからなかった。
長谷川は時間がたって優子の不機嫌が解消されることだけを願っているようだ。
事務所では所長が邦人の誰かと明日か明後日の外務大臣との懇談のことを電話で打ち合わせていた。
長谷川が所長の電話の内容を土岐に解説する。
長谷川が慶子と二股をかけていることを薄々感づいている優子も、
「わたしと一緒になって」
と言えないだろう。
生まれついての女たらしの長谷川が、
「君を心から愛している」
という言質をとられるようなことを言うはずもない。お互いにお互いの立場を尊重して、不即不離のアバンチュールの関係を保ってきたはずだ。二人の関係を更に発展させることも後退させることもできなかったのではないか。その関係にどういう意味があるのかということを突きつめて話し合うこともしなかったのだろう。関係をはっきりさせようということになれば、人倫にもとる関係であることを認めざるを得ない。いいかげんのまま放置しておけば、いずれ時が来れば、すんなりと解消される。それが長谷川の手口だ。
長谷川が何もいえなくなって、黙っている。突然電話が切れた。だれか彼女のそばにきたのか。何かの拍子にオフのボタンを誤って押してしまったのか。それとも、加藤夫人との関係は誤解ではなかったのか。ばかばかしくて聞いていられないということなのか。
長谷川は折り返し、リダイアルしようとした。言うべきことは言ったようで、そのまま放置して、事務所に入った。
土岐はその後ろに続いた。事務所に戻っても優子の、
「本当の父親を知っているのは私だけだということを忘れないで」という言葉の意味がよく理解できない。喉に刺さった小骨のように土岐の脳裏にひっかかっていた。
(本当の父親はあなただ、という意味なのか?そうだとしたら、『忘れないで』という言葉は、脅しの材料に使うという意味なのか?それとも単に事実を言っているだけなのか?いや、事実を言っているだけだとしたら、『忘れないで』と言う必要はないだろう。それともただ意味もなく、不愉快な気分に押し出されて口をついて出てきた言葉なのか)
と考えてみたが土岐にはわからなかった。
長谷川は時間がたって優子の不機嫌が解消されることだけを願っているようだ。
事務所では所長が邦人の誰かと明日か明後日の外務大臣との懇談のことを電話で打ち合わせていた。
長谷川が所長の電話の内容を土岐に解説する。


