アイキルユウ

「とても言えない。記憶がないなんて、卑怯ね。わたしじゃなくて、土岐さんに聞いて」
「それが土岐も記憶がないというんだ。ほんとうに、記憶がないんだ。教えてもらえない?」
「それじゃ、加藤さんに教えてもらって」
とにべもない。長谷川は話題を変えた。
「いま、だんなと食事して、妊娠していること言ったから」
と告白すると予想通り、罵声が返ってきた。
「なんでそんなこというの!ひとのプライバシーじゃない!ひどい!なんてひと!もうきらい!」
と烈火のごとく泣きだした。甘えるような泣き方ではなかった。拒絶の涙声に聞こえた。
 そこに勝手口からキスケンシュノショが出てきた。事務所の昼食が終ったらしい。今日の昼食が不要であることが所長から彼に伝わってなかったらしい。彼の表情がすこし険しく見えた。
 長谷川は携帯電話に耳を軽くあてたまま土岐を見て肩をすくめる。 
 優子はまだ泣いている。
 傍らをキスケンシュノショが、
「お前の悪事は何でも知っているぞ」
というような剣呑な目つきで通った。
 長谷川は携帯電話をもったまま体を回転させた。耳から漏れている泣き声が聞こえないようにした。
「もうしわけない。いきがかりで、いわざるをえなかった。あなたを悲しませようとしていったんじゃないから」
と言いつつも、
「妊娠が夫婦間でプライバシーであるわけがないだろう」
と言いたげな雰囲気が長谷川にあった。
「結果がすべてよ。どういう考えでそういったにしても」
と言われてしまえば、長谷川も言い繕いのしようがない。でも、弁解せざるを得なかった。
「それを言わないと、だんなは加藤夫人と関係があると思い込みそうだったから」
「本当のことなんだから、そう思わせとけばいいんじゃなくって」
「ちがう!ちがう!」
と否定はしてみたものの、その通りだが、その通りだとも言えない。
「だんなが思い込みそうだったのは、あなたと加藤夫人の関係だ」と長谷川が大きな声で言うと、殺し文句が返ってきた。
「そんな、口からでまかせを言って。わたしのおなかの子の本当の父親を知っているのはわたしだけだということを忘れないで」
 一瞬、長谷川の顔から血の気が失せた。長谷川が懼れていたことだ。その子の父親がジャナイデスカでないとして、そのことを明らかにした後、優子はどうなるのか。この長谷川が、
「ジャナイデスカとわかれて一緒になってくれ」