アイキルユウ

 土岐は即座に注ぎかけて、逡巡した。
「帰りの運転大丈夫ですか?まあ、警察につかまっても外交官特権で凌げるとは思うけど」
と土岐が言うと、
「あら、車は牛田さんのよ」
と言いながら、優子に視線を送る。優子はそれに答える。
「でも、この国では酒酔い運転の取り締まりなんかしていないでしょ。もともと、この国の人は建前ではお酒を飲まないことになっているし。だいたい、自家用車を運転している人なんて、ほとんどいないでしょ。それもフランスの車を」
「それはまあ、そうですが。自損事故でも起こしたらまずいでしょ」と長谷川は優子の飲酒をセーブさせたい。
「そんなに、おっしゃるなら、このホテルの部屋をとってくださる?さっき外から見たら殆どのお部屋に電気がついていなかったわ」
と言いながら慶子は優子の表情を観察している。
 土岐は慶子が二人の関係に感づいているような胸騒ぎがした。
「タクシーで帰りますから、お三方とも存分に召し上がって」
と慶子が悪戯っぽく微笑む。グラスを弄ぶように傾けた。
 昨日の午後、ヒジノローマで手を振っていた彼女に対するいとおしさは、いまは長谷川の脳裏から霧消している。言いようのない居心地の悪さだけが、長谷川の表情から感じられた。
 前菜が運ばれ、それが終わると、スープが運ばれた。そこでロゼのボトルが空になった。
 慶子が手を上げてボーイを呼び寄せた。
「白にしようかしら赤にしようかしら」
と慶子が土岐と長谷川の顔をかわるがわるうかがった。
「聞くのを忘れていましたが、メインディッシュは何ですか?」
と長谷川が言いよどんでいる土岐の代わりに訊いた。
「そう、わたし言わなかったかしら。タンドリチキンです」
「それじゃ、どっちでもいいですかね」
と土岐がとりもつ。
「あなた、どちらがいいの?」
と長谷川が詰問される。
「まあワインにもよりますが、飲んでおいしいと思うのは赤ですね」
「優子さん、赤でいいかしら?」
「ええ、結構です。でも、わたしはもう」
「あら珍しい。優子さんがお断りになるなんて」
「いえ、最近は、お酒がおいしくなくって」
「お体がどこか悪いんじゃないのかしら」