アイキルユウ

「貴方の電話が終わったあと加藤さんが突然私のうちに来て、夕食でも一緒にどうかというの。わたしが、あなたとの約束があるので返事をためらっていると、あなたも交えて四人でどうかと言うの。誰に聞いたのか、あなたが土岐さんを駅に迎えに行くことを知っていて駅に電話して時刻表を確かめたらしくて、ヒジノローマからくる列車はお昼ごろと、夕方と夜中に到着する三本しかなかったんですって。お昼過ぎにホテルに確認したら、あなたはまだ帰っていないって。それでこうなってしまったの。なんで彼女が来たのかしら」
 だいたい想定されることではあった。慶子は四人で食事をすれば、たとえ誰かに目撃されたとしても、問題ないと考えたのだ。
「さあ、早く行かないと、加藤さんにうたがわれるよ」
「さきに加藤さんとこへ行って、わたし、ほんとに具合が悪いの」
「つわり?」
と長谷川が言った。彼女はそれに答えない。隣の部屋を出て行った。今度は本当にレストルームに行った。
 土岐は廊下に牛田夫人がいないのを確認した。階下のレストランに戻った。
 ボーイが神妙な面持ちで慶子の傍らに立っていた。メモ用紙にオーダーを書き込んでいた。
 土岐は彼女のむかいの席に着いた。
 少し遅れて、長谷川がやってきた。
「私の分はオーダーしたけれど、あなたがたは何になさいます?」とメニューを差しだしてきた。一人分しかメニューカードがないのかといぶかしく思った。よく見ると今夜は珍しく、客が多かった。いずれもたった今来たようだった。
「面倒だから、同じでいいです」
と土岐が言うと、
「それじゃぼくも」
と長谷川が追従した。
「ほんと?わたしのはレディースメニューよ」
「そんな気の利いたメニューは、場末のホテルにはないですよ」
と長谷川はやや憮然とした面持ちでいう。
「言ってみただけ。レディーが注文するようなメニューという意味」とどことなく、とげとげしい言い方だ。理由は次の言葉でわかった。
「どうでもいいけど、あなた、口の周りが赤いわよ」
と言われて長谷川は返答に窮した。窮しているという表情を彼女に見られないように眼を落とした。スープスプーンの裏に顔を映した。
「すいません。あまりに、空腹だったもんで、さっき部屋でいそいでチョコレートを食べてきたんです」
 そこで土岐は長谷川に助け舟を出した。
「君にあげたチョコレート、まさか全部食べていないよな」