アイキルユウ

 ときおり皺だらけの長袖シャツに腰布だけの農夫が気だるそうに国道を歩いていた。彼らの日常生活を想像してみた。電気がない。だからテレビもない。洗濯機、冷蔵庫などの家電製品は一切ない。暗くなったら寝るだけだ。眠くもないのに寝れば、することは一つしかない。だから子供はどんどんできる。子供はできても所得が低く、食べさせるのがやっとだから教育を与えることはできない。教育を受けられないから経済が発展しない。経済が発展しないから農夫の所得も低い。貧困の悪循環だ。当然、朝は早く眼が覚める。しかし日中働き詰めになるほどの土地も体力もない。少し働いては休み、休んでは少し働く。そういう生活の繰り返しだ。そうやって代々生き、そうやって代々死んでゆく。
 途中の駅で列車は一時間近く停車した。首都の近郊でバラックの群れの中に二階建ての人家が散在していた。窓から前方を見ると支線のポイントの辺りに乗務員らしい男がふたり、困り果てた様子で腕組みをして立っていた。
 乗客の中に現地語の発音のままの英語で、
「どうやら反政府ゲリラの仕業らしい」
という声があった。声の方を見ると、丸顔で背の低いゲンジュイ人と撫で肩で背の高いブシュウン人が話し込んでいた。反政府ゲリラの中心は、少数民族のブシュウン人だ。紛争の根源的な原因は宗教対立にある。表面的には政治が多数民族のゲンジュイ人によって独占されていることある。使用言語も違う。同国人でありながら、共通言語は英語だ。
「ゲリラがこんな人目のある所で仕掛けをするはずがない」
という押し殺したような声も線路端から聞こえてきた。
 次第に彼らの捉え所のない表情が顔の輪郭と共に夕闇に鎔け込んで行った。そのとき携帯電話メールのマナーモードの着信振動が発動した。優子からだった。
 
@主人は大使館のお手伝い。どこかで夕食でもどう?@

 土岐は長谷川からの空メールを探し、そのアドレスに優子のメールを転送した。しばらくして長谷川からSNSでメールがきた。

@いま、どのへん@
@いま、止まっているんだけど、もう首都圏に入っているので、この先何もなければ三十分程度で着くと思うけど@
と返信すると、またしばらくして、
@そう、じゃ、改札口で待っている。それで、説得の方はどう?@
と返信があった。すぐ、
@ペンディングにした。われわれのように軟弱じゃない@